12月31日 23時45分〜
 除夜の鐘撞き始め
1月元旦 0:00〜
 修正会法要
1月 2日 10:00〜
 修正会法要
1月 3日 10:00〜
 修正会法要
1月24日 13:00〜
 初不動柴燈
   護摩祈祷法要

平成17年
■はじめまして 平成16年12月25日
■寒中お見舞い申し上げます 平成17年 1月14日
■お釈迦様について 平成17年 2月 5日
■お彼岸のこころ 平成17年 2月28日
■千の風になって 平成17年 3月30日
■花まつり・髪納め法要について 平成17年 4月18日
■庚申大祭・大般若転読法要について 平成17年 5月18日 (写真撮りました
■施餓鬼法要(せがきほうよう) 平成17年 6月23日
■もうすぐお盆 平成17年 7月21日
■秋彼岸・・・私たちも精進しよう 平成17年 9月5日
■『生きて死ぬ智慧』を読んで 平成17年10月1日
■十夜法要のはじまり 平成17年10月22日
■お正月って、大晦日って何だろう? 平成17年12月17日

平成28年
◆平成28年のよもやま話
平成27年
◆平成27年のよもやま話
平成26年
◆平成26年のよもやま話
平成25年
◆平成25年のよもやま話
平成24年
◆平成24年のよもやま話
平成23年
◆平成23年のよもやま話
平成22年
◆平成22年のよもやま話
平成21年
◆平成21年のよもやま話
平成20年
◆平成20年のよもやま話
平成19年
◆平成19年のよもやま話
平成18年
◆平成18年のよもやま話

■はじめまして。
圓満寺のホームページをご覧いただき有難うございます。
私は住職の家内で亀田孝子と申します。

拙いながら自分なりの圓満寺や仏様に対する想いを皆様にお伝えしたいと思い、このページ
を作りました。今日は圓満寺の本尊さまについてお話したいと思います。

圓満寺には聖観音様と庚申(こうしん)様(青面金剛童子様)の二体の御本尊様がおられます。
歴史的にさかのぼると庚申様が主尊で脇に菩薩(ぼさつ)様方がいらっしゃったのですが、
当時、圓満寺内外で様ざまの争いやもめ事が多々起こり、近隣の有徳の老師に相談したと
ころ、「曼茶羅(まんだら)上では 菩薩様が内陣(ないじん)近く、庚申様は外陣(げじん)に位置され
るのが本来なので、障りがあるのではないか」との助言があり、新たに聖観音様は正面に
お直り戴いた処、圓満寺に平和が立ち戻った。。。
とのエピソードが伝わっております。

私の見るところ、聖観音様は大慈大悲の仏様、庚申様は人間の邪心を見抜き天罰を与えると
言う厳しい面を備えた仏様です。しかし、庚申様は常に自分を礼拝し善行を行う人々には強
力な後立てをして下さる優しい一面を持ってられます。人間の悩みや痛みをいやし困難から
救い出して下さる聖観音様、邪心を正し、より良い心や行動に導いて下さる庚申様(青面金剛
童子様)、圓満寺はとても素晴らしい本尊様をお祀りしていると有難く思い、心からお仕えして
います。


ご真言 おん でぃばやきしゃ ばんだばんだ かかかかか そわか


曼茶羅…密教における修法の本尊として飾られた仏画のひとつであり、特定の主尊を中心に
      諸尊の像を配置したものや、多くの諸尊を体系的に配置したものなどがある。
      いずれも、仏の世界を象徴的にあらわしています。

庚申様…庚申さまは「かのえさる」と呼ぶことができます。十二支の中の申(さる)、十干
      (じゅっかん)の庚(かのえ)が重なる60日毎の一夜に人間の体内の三尸(さんし)と
      いう虫が人間の邪心やそれに伴う悪行を天帝に報告し、人間に天罰が下ると云う
      謂れがあります。庚申様は庚申(かのえさる)の日を典拠として名付けられた仏様
      で、十善戒(じゅうぜんかい)を守護し、ご家来の薬叉神のお力も得て、人間の病気
      の治療に力強いご加護をいただきます。


庚申様(青面金剛童子様)

平成16年12月25日

■寒中お見舞い申し上げます。
初春よりの急激な寒さ、皆様お変わりなくお過ごしですか?
来る1月30日には、初不動星供柴燈護摩法要を行いますが、この度はお不動様のお話をさせて
頂きたいと思います。

不動尊・不動明王(ふどうそん・ふどうみょうおう)さまに初めて出会ったのは、私の小学生時代、
老僧(父)が床の間のお軸を架け替えた時、それまでは慈愛に満ちたやさしいお姿の仏様を見慣
れていた私は、あまりの恐ろしげなお姿にびっくりした覚えがあります。
肌は青黒く太り気味で髪はパンチパーマ、眼差しはさながらロンドンパリ(斜視)、口元は上下に
牙のような歯が見えて、背中には火炎を背負い、右手には鋭利な剣を、左手には縄を持ち、岩の
上にすっくりと立ったお姿は魔神をみるように思いました。

怖い醜い仏様、こんな仏様がどうしていらっしゃるんだろう?
と言う印象でしたが、父母より「この方はお不動さんと仰る仏様でとても霊験あらたかで、自分が
苦しいこと辛い事、どうしてもかなえて貰いたいお願いなどを一筋に信じてお祈りすれば、きっと
叶えてくださる」と聞かされました。

次の出会いは東寺(教王護国寺)講堂のお不動さま、美術全集に紹介されていたお姿を見て異形の
お姿ながらみなぎる存在感に圧倒されたのを覚えています。数年後に東寺さんにお参りし不動明王
にお出会いしましたが、講堂の中央に大日如来を囲んで、阿弥陀如来ほか数々の仏様、その西方
に不動明王を中心に降三世明王(こうさんぜみょうおう)ほかの明王様が並んでおられました。
その仏様たちの配置が真言宗の教えを現しているのだそうです(立体曼荼羅)が、当時はそんな
知識もなく薄暗い講堂のなかで巨大な威圧感とそれに勝って惹きつけられるオーラを感じたように
思います。

明王様たち(五大明王)は悪心や我執が強すぎて、やさしい如来さまや菩薩様では救いがたい
人々を恐れさせ強大なカでねじ伏せて、清らかな心を取り戻すよう導いてくださる仏たちです。
特に不動明王は大日如来と同体の仏なのですが、特にお誓いをたてて、野蛮な姿に変化し如来
のお使いとなって、衆生の迷いや我執を怒りの剣で切り捨て、清浄な心に安住するよう縄でしばり
降伏させるお姿をしておられます。

また不動明王をお祭りする護摩の火は、人々の災厄をすべて焼き尽くし、心を清める働きがあり
ます。またご真言は慈救呪(じくしゅ)といいまして、臨終に際して魔性のものに魂を奪われない
ようにお唱えするご真言です。もちろんお葬儀と初七日にお祭りする本尊様は不動明王です。
このように人々の魂の強力なご守護の役割を果たしておられます。

私は毎日お不動様に心経一巻をお供えしておりますが、苦しい時どうしても救っていただきたい
時は決まってご加護を授けてくださいます。
最後にご真言を紹介します。


ご真言 のうまく さんまんだばざらだん せんだまかろしゃだ
      そわたや うんたらた かん まん



五大明王…不動明王(ふどうみょうおう)、降三世明王(こうさんぜみょうおう)、
        軍茶利明王(ぐんだりみょうおう)、金剛夜叉明王(こんごうやしゃみょうおう)、
        大威徳明王(だいいとくみょうおう)


不動明王

平成17年1月14日

■お釈迦様について。
節分・立春も過ぎましたが、まだまだ厳しい寒さが続いています。2月は14日にバレンタインデー
があり恋人たちの交流の日として御なじみですが、その翌日の15日は涅槃会(ねはんえ)と
いいまして、古来日本人には深いかかわりのある日でした。

2月15日は仏教の開祖であるお釈迦様(釈迦如来 仏陀 ゴータマ・ブッタ)のおかくれになった
日で、涅槃会という行事をいたします。圓満寺は現在この行事はおこなっておりませんが高野山
金剛峰寺では2月14、15日京都の御寺泉涌寺では3月14,15,16日に釈迦涅槃図の掛け軸を掛けて
供養をもうしあげます。

お釈迦様は2500年前インドのシャカ族の王子として誕生し29歳で出家して35歳で悟りを開き、
以来80歳でクシナガラの地で入滅されるまでガンジス川中流の一帯を45年間布教活動の毎日を
過ごされた生涯でした。
涅槃(ねはん)はインドの古い言葉でニルヴァーナと言い、(火)を吹き消すこと、さらに火が吹き
消されている事を意味し、煩悩をメラメラと燃える火にたとえ、お釈迦様が到達された大いなる
安らぎの境地をあたかも炎の消えたさまにたとえました。
このことが転じてお釈迦様の死を意味するようになったそうです。

お釈迦様は、クシナガラの地の沙羅双樹の林の中で体を西向きに頭を北に向けたお姿で横たわって
入滅されました。ご臨終にあたっては数多い弟子たち信者たち、天地に生を享けたあらゆるものが
周囲に集まり嘆き悲しんだという言い伝えがあります。また沙羅双樹の林がいっせに時ならぬ花を
咲かせ、一時に枯れ萎んだそうです。
刻々衰えていくお釈迦様に、長年側近くつかえた阿難尊者さまは「あなたさまがお亡くなりになった
ら私どもは誰に教えを請えばよろしいのですか?」とたずねたところ、『自分自身を灯明とし自分を
拠りどころとして、他のものを頼ってはいけない。法(真理)を灯明とし法(真理)を拠りどころ
として、他のものを拠りどころとしてはいけない。』と答えられました。
ご遺言は、
  『比丘(びく)たちよ、別れをつげよう。もろもろの現象は移ろい行く。怠りなく努力せよ。』
の言葉でした。

お釈迦様はこのように人々に自分自身の規律を求め、人間の果てしない欲望をコントロールして、
『人間として如何にいきるか?』を問いかけられました。ところが2500年の時は流れ、人々の心の
癒しや真理を求める欲求に応じる為、各時代の祖師さまたちが色々の御仏の教えを説かれました。
やがて仏教はガンジス河のように色々な流れを呑み込み幅の広い教えとなりました。
わが真言宗もその流れのひとつです。

最近お釈迦様の御遺徳を慕って仏跡参拝する人が増えてきました。四大聖地(ルンビニー・ブッダ
ガヤー・サールナート・クシナガラ
)を巡拝すれば釈迦如来に会うことができる謂れがあるそうです。
ああ・・・わたしも仏跡参拝いきたくなってしまいました。


ルンビニー……釈迦の生誕地
ブッダガヤー…菩提樹下で悟りを開いた土地
サールナート…かっての修行仲間にはじめて教えをといた土地


平成17年2月5日

■お彼岸のこころ。
三月に入り春のお彼岸が近付いてまいりました。
お彼岸は春分の日と秋分の日のそれぞれをはさんだ前後三日間、各七日をいいます。
「国民の祝日に関する法律」に拠りますと、『春分の日』は「自然をたたえ、生物を慈しむ」、
『秋分の日』は、「先祖をうやまい、亡き人を偲ぶ」とあります。まさに『仏教のこころ』そのもので
ありましょう。春分・秋分の日を中日とするのは、昼夜の時間が等しいことが釈迦如来の教えである
「中道思想」を表しているからと、いわれています。
真西に沈む太陽を拝むと浄土にいける、先祖を呼ぶ日先祖の来る日とする習俗もあり、お墓参りを
するのも、この世とあの世を近く感じられるからかもしれません。

『彼岸』という言葉は、古代インドのパーラミーター(波羅蜜多)が語源で、意味は「彼の岸に至る」
ということです。煩悩や迷いに満ちたこの世を『此岸(しがん)』と言うのに対し、悟りの世界・仏の世
界を『彼岸(ひがん)』といいます。悟りの世界に至る為に、仏教では『六波羅蜜』の教えと言うのが
あります。これについては後日改めて掲載したいと思います。

御仏の教えに近付くためには、自分の欲望をコントロールし、周囲への思いやりを忘れず、
常に前向きに努力することではないか?と私は思っています。
お彼岸には、いま存在する自分を振り返り、命を与えてくださった御仏や遠き近きご先祖様に
思いを致し、お仏壇やお墓を清め、感謝のまことをささげましょう。
お寺からも各家のお仏壇にお参りをさせていただきます。
合掌


平成17年2月28日

■千の風になって
皆様こんにちは。
もうお彼岸の御墓参りはお済みですか?
お彼岸の入りの17日は大雨でしたが、連休の19,20,21日は好天気に恵まれ、圓満寺のお墓
(土山霊園)、納骨堂(五重塔)、八十八ヶ所も沢山の方が参詣してくださいました。
お墓参りすると気持いいですね。。。
お天気が良ければ、広々とした空の下、降り注ぐ陽射し。吹き渡る風、その中でお墓を洗い
花を活けて御線香を手向けて・・・ご先祖様と心でお話が出来たことでしょう。

とても素晴らしい詩を見つけました。
小説家で詩人の『新井満』氏が詩を作り自分でギターを弾き歌っておられます。
それを聞いて胸が震え思わず涙がこぼれてしまいました。

−−−千の風になって−−−
私のお墓の前で 泣かないで下さい
そこには私はいません 眠ってなんかいません
千の風に 千の風になって
あの大きな空を 吹きわたっています

秋には光になって 畑にふりそそぐ
冬にはダイヤのように きらめく雪になる
朝は鳥になって あなたを目覚めさせる
夜は星になって あなたを見守る
私のお墓の前で 泣かないでください
そこに私はいません 死んでなんかいません
千の風に 千の風になって
あの大きな空を 吹きわたっています

千の風に 千の風になって
あの大きな空を 吹きわたっています
あの大きな空を 吹きわたっています

新井満著 "千の風になって"より


おそらく愛しあった恋人をなくした人の物語から生まれた詩だろうと思います。
文字として読むだけで美しい言葉の連なりが、歌声として耳に入ってくると・・・
言葉に心を載せてうたうと、それは祈りにかわるのではないでしょうか。
なきがらは土に還り、魂はさまざまに生まれ変わって、この世に残した人々の幸せを祈る心・・・
今在る人が亡き人を偲ぶ気持ちと、目に見えない世界にある魂が通じ合えるんだなぁ・・・
と、とても感動をおぼえました。

私も6年前に息子を白血病で亡くしたつらい思い出があります。
白血病は遺伝子の異常から発生するそうで、本当に困難な病気でした。治癒率60%とか
巷間につたえられますが、そんなの絶対に嘘です。そのまま治療を続けても3〜4年の寿命、
危険はあるが骨髄移植で完全治癒を目指すか?の選択で、息子は骨髄移植を選びました。
結局、移植が成功せず命を縮めてしまったのですが、親は何の手助けも出来ず可哀想なことを
してしまいました。最後は体のあちこちに水が溜まり皮膚がむけて無残な姿になってなくなった
のですが、そうなってもちっとも愚痴をいわなかったのですね。親は馬鹿なものですから、そう
なっても最後の瞬間まで生きていてくれるものと信じていました。
辛かったろう・・・泣いて苦痛を訴えて欲しかった・・・と、心残りです。私はあんなふうには死ね
ないなぁ・・・と思います。人々の前では泣かなかったものの、亡くなって1年ほどは精神的
に立ち直れませんでした。
息子の愛でていた、そめいよしのの桜並木を見に行き、あまりの見事さに桜の精に魅入られた
ような気がしました。夜空いっぱいに息子の顔がたびたび浮かびました。

千の風にのって息子に巡り合いたい、うまれかわって息子の魂にまみえたい、
千の風にのってあの大きな空を吹きわたってほしい!!!
今の私は息子のパワーをもらっている・・・そんな気がしています。

おしまい


平成17年3月30日

■花まつり・髪納め法要について
待ち焦がれた桜は気温の変化と共にまたたく間に盛りとなり、雨風にあって、はらはらと散り
かけています。花の盛りは魂を吸い取られる程に美しく、散り際ははかないものですね。

五月五日の花祭り法要が近付いてまいりました。
花まつりはお釈迦さまの誕生日と云われています。釈迦降誕を祝い、神々が天界の花々
(曼陀羅花・まんだらげ等)を散らし、甘露の雨を頭上に注いだ、という伝説にちなみ、
花御堂(はなみどう)の中に誕生仏(たんじょうぶつ)を安置し、灌仏偈(かんぶつげ)を唱え
ながら甘茶を注ぎます。

お釈迦さまは約2500年前の4月8日、インド北西部に拠点を置くシャカ族の王子として、
お生まれになりました。生母マーヤー夫人が出産の為実家に行く途中、休憩に立ち寄った
ルンビニー園で、傍らにあったサーラ(沙羅)の樹の花房を取ろうとして急に産気づき、右わき
腹から誕生した・・・と、云われています。
釈迦は誕生と同時に七歩歩み、右手で天を左手で大地を指し、大音声で『天上天下唯我独尊
(てんじょうてんげゆいがどくそん)』と宣されたと、されています。
これは「生きとし生けるもの全て尊し」とも意訳してはどうか?と思いますが、いくら聖者の誕生
であっても現実性は乏しく、仏陀に対する敬虔な思いからの伝説であろうと思われます。

日本ではお釈迦さまの生誕祭と共に、旧暦四月八日(卯月八日)に神々に花を捧げて収穫を
祈願する行事がありました。卯月八日には、花萌える山の神が降臨しそれが田の神になると
いわれていたことから、この日を「山入り」と呼び、山遊びや墓参りをして一日楽しく過ごす
という風習が各地にあったそうです。
また「天道花(てんどうばな)」と云って各家の軒先や竿先にツツジや櫁(しきみ)・季節の
花々を結び付け山の神に御供えし、またお釈迦様の誕生を祝う風習としていたようです。
またこの天道花(てんどうばな)を卯月八日の朝に庭先に立てるだけで「マムシ除け」の
おまじないになるとも伝えられています。

では何故髪納めの行事と結びついたのか?
これは全くの私見に過ぎませんが、日本ではつい最近まで、なきがらは土葬で葬られておりました。
遺族の故人に対する愛惜の思いは、故人の形見を求めて手元に遺髪を残す風習があったのでは
ないでしょうか?ある一定の期間中故人への供養を務めた後、心の整理のため、遺髪を菩提寺の
ご本尊前にお納めされたのではないか?と思われます。

円満時は旧暦卯月八日花の季節に髪納め法要を行っております。
お釈迦さまの降誕会(誕生祭)と同じ日に遺髪をお寺にお納めになれば、故人もきっとお喜びに
なるとおもいます。どうぞ皆様おまいりくださいませ。

合掌


花祭り法要

平成17年4月18日

■庚申大祭・大般若転読法要について
連休も終わり緑滴る若葉が五月の爽やかな風にそよいでいる日々が続いています。
五月にしては朝夕低温ですが、空気がさわやかで心地よいですね。

また六月の庚申大祭・大般若転読法要が近付いてまいりました。
庚申さまのことは以前の「よもやま話」で説明していますし、円満寺からのお知らせが皆様の
お手元に届いていますので、割愛して大般若転読法要のことをお話したいと、思います。

大般若経六百巻は最初に説かれた大乗経典と云われ、皆様お馴染みの「般若心経」は、
大般若経のエッセンスを集め説かれたお経とされています。
また大般若経六百巻は、「般若波羅蜜多経(はんにゃはらみったきょう)」という膨大な量の
経典を、玄奘三蔵(げんじょうさんぞう)【西遊記の三蔵法師のモデル】が三年かけて訳し
十六会(じゅうろくえ)に分類された集大成といえるものです。
「般若波羅蜜多(はんにゃはらみった)」は『智慧(ちえ)の完成』を意味し菩薩の修行項目の
「六波羅蜜(ろくはらみつ)」の最後にある「般若波羅蜜(はんにゃはらみつ)」を説いた経典です。

般若経はそれまでの教えであった煩悩(ぼんのう)を滅することさえ執着することになると否定し、
すべてのとらわれから離れた『空(くう)』の境地を説いています。
「色即是空(しきそくぜくう)空即是色(くうそくぜしき)」がそれですが、目に見える 音で聞く
匂いで感じる 触感で感じる・・・全てが日々刻々変化している 終わらない変化が宇宙の真理
(仏法)とし、とらわれない心で受け入れて他と調和して生きる・・・
と云うことではないか?と思われます。

また菩薩さまは「大乗経典」にはじめて現れた仏様ですが、如来様(仏陀)と同じ悟りを既に
持ちながら、限りない慈しみの心から六道(天・人・修羅・餓鬼・畜生・地獄)を衆生と共に
輪廻(りんね)して、救ってしまうまで成仏(じょうぶつ)しない・・・という御誓願(ごせいがん)
で働いてくださっています。
真言宗で日々読誦する「般若理趣経(はんにゃりしゅきょう)」は大般若経から発展したもので、
人間の煩悩を身(しん)・口(く)・意(い)の修行で清めて、菩薩の境地に近付くことを理想
としたものであろうと思われます。煩悩の否定から煩悩の肯定へ・・・?ということかなぁ。

それはさておき大般若転読法要は、あまりにも膨大な経典の功徳をいただくため、教本をパタパタ
とめくって風を起こし、その風の功徳で清めていただく行事です。
また大般若経は経典をインドから中国へ運んだ訳者の玄奘三蔵の旅の危難を救ったとの
伝説があり、護呪(ごじゅ)の功徳があると伝えられます。

また大般若転読法要の本尊さまである釈迦十六善神像の説明をいたします。
まず中央に教主である釈迦如来さま 左右に文殊菩薩・普賢菩薩・四天王(持国天=じこくてん・
増長天=ぞうちょうてん・広目天=こうもくてん・多聞天=たもんてん)薬師十二神将
(金毘羅=こんぴら・伐折羅=ばさら・宮毘羅=くぴら 等)玄奘三蔵・深沙大将(じんじゃたいしょう)
が描かれています。大般若経を守護する本尊さまたちです。

6月5日にご参詣のかたは、このお軸もよくご覧くださいね。

合掌

平成17年5月18日

■庚申大祭大般若転読法要 (平成17年6月5日 撮影)


 



■施餓鬼法要(せがきほうよう)
梅雨にはいり紫陽花の花や木々の緑が、色鮮やかに映える今日此の頃となりました。
七月も間近となり、またお施餓鬼の行事が近付いてまいりました。

来る7月24日(日)午後1時30分より17年度の施餓鬼法要をつとめます。

施餓鬼会(せがきえ)は餓鬼道(がきどう)という世界に堕ちた亡者に飲食(おんじき)を施す行事
です。由来はお釈迦様の従者であった阿難尊者(あなんそんじゃ)さまが修行中、突然現れた
焔口(えんこう)という餓鬼に「あなたは3日以内に死に餓鬼道に堕ちる。その苦しみから逃れ
たければ餓鬼達に食事を施せ。」と言われました。
驚き悩んだ阿難さまは、お釈迦様におすがりして、無数の餓鬼達の飢餓を救うための呪文を授けて
戴きました。お釈迦様の教えどおり行った施しは大きな功徳をもたらして餓鬼達に感謝の心を起こ
させ、御仏の導きにより餓鬼道から浄土に生まれ変わることができました。
また餓鬼さんの発菩提心が阿難さまの命を救い、長寿をもたらしたとされています。
施餓鬼法要はこのストーリーに沿ってすすめます。

まず餓鬼さんを招き寄せる為に施餓鬼壇を用意し、中央に『法界万霊』の位牌をおまつりします。
これは大宇宙の時空に満ちている諸精霊・過去精霊の『依りしろ』となるものです。また壇の四方
には施餓鬼幡(青・赤・黄・白・緑)を立てて餓鬼さんを救ってくださる五如来さまを招きます。
お導師さまは、まず三宝に礼拝し、仏・法・僧や五如来さまに施食喝(せじきげ)や供物を無限に
増大させる呪文(ダラニ)を唱えながら水を手向けます。

餓鬼のご馳走はご存知ですか?
円満寺では洗い米に胡瓜・茄子・人参をみじん切りにしたものを混ぜて使っております。
お導師様は印を結び陀羅尼(呪文)を唱えて餓鬼の飢えを満たす供養を務めます。

でも皆さんは、どうして自分たちが餓鬼さんに供養しなければいけないか?自分の家に餓鬼など
関係ない!!とか思っていませんか?
餓鬼さんは代々の供養が足りなくて、成仏できていない遠いご先祖さま達です。皆様方各家の
ご先祖様はご夫婦で七代さかのぼると510名、十代さかのぼると2052名のご先祖様がいらっ
しゃいます。代々懸命に供養していても、各時代の事情、各家の事情があり、心ならずも供養
から漏れているご先祖様がいても不思議ではありません。

施餓鬼法要は七代さかのぼって餓鬼さんに功徳を施し、悟りを起こさせることができる、
とされています。ご先祖様に功徳を施すことは自分たちの心を安んじることにもつながります。
例えば皆さんが七回忌のご先祖様のお塔婆を上げ施餓鬼供養をされたら、ともに七代前までの
ご先祖様迄さかのぼって供養することができます。また各家ご先祖代々のお塔婆供養をされたら
数限りないご先祖様に功徳を施すことができます。
そう思うことができたら、とても素晴らしいではありませんか!!

現在生きている私達には親があり、数限りないご先祖様がいらっしゃいます。
この機会に肉身を戴いたご先祖様、魂や寿命をいただいた御仏に感謝のまことをささげましょう

合掌

平成17年6月23日

■ "もうすぐお盆"
お施餓鬼も終わり7月も残り僅かとなりました。8月に入ると直ぐに「お盆」がやって来ますね。
皆さん心を込めてご先祖様を迎える準備を致しましょう。

昨年6月下旬から今年6月中旬に亡くなられた新仏様は「初盆」と言うことで、七日〜十五日
まで精霊棚を設けてその中のお堂にお位牌をまつり季節の果物やお精進のご馳走を用意して、
「いますが如く!」お接待を申し上げてくださいね。
また新仏様には供養して欲しい餓鬼さんの霊もついて来る事がありますので、どうぞ嫌がらず
ご一緒に供養してあげてください。それ以前のご先祖様は十三日〜十五日の間お仏壇の中で、
いつもよりも ねんごろに!!お接待を申し上げて下さい。

「お盆」の由来としては旧暦七月十五日を「中元」または「盂蘭盆(うらぼん)」と言い古来中国
では先祖供養を務める日であったそうです。また「盂蘭盆」は「ウランバナ(倒懸・とうけん)」
とも言い、「逆さにかかる苦しみ」をあらわしている、とされています。これは母想いの目連尊者
(お釈迦さまの直弟子・神通第一と伝えられる)と、その亡き母を巡るお話を典拠としています。

お釈迦さまの弟子となり仏道の修行を積んだ目連さまは、ある日神通力で母の姿を探しました。
「優しかった母はきっと浄土に生まれ変わっているだろう・・・。」ところが母は予想に反して餓鬼道
で飢えや渇きに苦しんでいました。びっくりした目連さまは神通力で空腹の母に食事を届けました
が、食べ物は炎に変わり食することができませんでした。
母を救うことができなかった目連さまは、思い余ってお釈迦様に教えを請いました。
お釈迦様は「貴方の母の罪は重い。なかなか救いがたい。その罪は、いつも己の子供や家族の
幸福ばかり追求し他の人の事を省みなかったからだ。その罪から救われるには、七月十五日
多数の修行僧を十方から集め、もろもろの品を供養しなさい。」と告げられました。
供養をうけた大勢の僧侶の回向(えこう)により無事母を救うことができました。
これが「お盆」の行事の始まりです。

ではどうして目連さまのお母さんは罪が深いのでしょうか?
自分の子供を大事に思い、少しでも良かれ・・・と、他人を省みないのは世の母親の常だと思いま
す。かく言う私も死んだら餓鬼道に生まれ変わるかもしれません。子育ての為の行為が罪ならば
大勢の母親が餓鬼道に生まれ変わっていたことでしょう。

でもどうして目連さまは自分のお母さんにだけ食べ物を届けたんでしょう?
お釈迦様の下修行を積んだ仏弟子にしては心が狭いではありませんか!!!
皆様、母親は子供のため良かれ・・・と様々な罪を犯しています。現在のあなた方には数限りない
母の血が流れています。私たちにできることは、お盆に帰ってこられるご先祖さまがすこしでも
お浄土に住まわれるよう追善供養に努めることではないでしょうか。
また「お盆」をきっかけに私たちも他人への心配りを忘れないよう、日々精進してまいりましょう。
じりじりと暑い毎日ですが、皆さんどうぞお体に気をつけてください。

合掌

平成17年7月21日

■ "『秋彼岸・・・私たちも精進しよう』"
九月に入り残暑の名残の中吹き渡る風に秋色をみつける今日この頃です。
あと十数日すると秋のお彼岸の行事が巡ってきます。お彼岸は聖徳太子が定められた・・・
と言う説があるように、仏教の伝来地インド・中国・朝鮮にも行われていない日本固有の行事です。

「彼岸」はお寺やお墓にお参りしてご先祖に感謝を捧げる・・・それも大事なこと尊いことですが、
それだけでは「お彼岸」ではありません。
彼岸は梵語(ぼんご)のパーラミター(波羅蜜多)の漢訳「到彼岸(とうひがん)」から来た言葉で
「迷いの世界から悟りの世界に到る」とされています。
でも私たちはどうすれば悟りの世界に近づくことができるでしょうか?

仏教では悟りへの道として「布施(ふせ)・自戒(じかい)・忍辱(にんにく)・精進(しょうじん)・
禅定(ぜんじょう)・智慧(ちえ)」の『六波羅蜜(ろくはらみつ)』の教えが説かれています。

   『六波羅蜜(ろくはらみつ)』の教えは

一.布施(ふせ) 人のために惜しみなく尽くそう
二.自戒(じかい) 戒めを守り人間らしく生きよう
三.忍辱(にんにく) どんなことにも耐えよう
四.精進(しょうじん) 常に前向きに努力しよう
五.禅定(ぜんじょう) 自分を振り返り心を落ち着けよう
六.智慧(ちえ) 真理に基づく考え方や生き方をしよう


お彼岸はこうした仏様の教えを実践する仏教週間でもあります。先祖を偲び、自分が今存在して
いる有り難さを感謝して供養すると共に、自らも即身成仏(そくしんじょうぶつ・仏と一体になる)
ができるように精進(六波羅蜜を実践)するのも大事なお彼岸の過ごし方です。

お彼岸の入り(九月二十日)には各家のお仏壇を綺麗にし季節の花々・初物(はつもの)・彼岸
団子などをお供えしてください。また家族の皆さんお揃いの日にはお墓まいりをして
ご先祖さまにお礼を申し上げ、お寺で開かれるお彼岸法要にも参加したいものです。

円満寺では彼岸の入り(二十日)からお中日(二十三日)まで、「お彼岸法要・四国八十八箇所
お砂踏み法要」を行います。どうぞお参りください。

合掌

平成17年9月5日

■ 『生きて死ぬ智慧』を読んで


ひとはなぜ苦しむのでしょう・・・
ほんとうは
野の花のようにわたしたちも生きられるのです。

もしあなたが
目も見えず
耳も聞こえず
味わうこともできず
触覚もなかったら
あなたは 自分の存在を
どのように感じるでしょうか
これが『空』の感覚です


柳澤桂子さんが著された『生きて死ぬ智慧』(心訳「般若心経」)を読みました。
円満寺のホームページを覗いて下さっている皆様ももうお読みになりましたでしょうか?
柳澤さんは1938年生まれの著名な生命科学者です。マウスを使った発生学に取り組んで世界
に先駆ける成果を残されたそうですが、残念ながら私はそのことについて今まで知りませんでした。

研究途上原因不明の難病に冒され、三十六年間の闘病生活を続けて現在にいたっております。
闘病のかたわらサイエンスライターとして、著作活動を続けられ、お名前だけは記憶に残って
おりました。生命科学者として未知の領域に踏み込む研究を途中で断念せざるを得なくなった
ことは、柳澤さんにとって病魔に蝕まれる苦しみと共に、生木をさかれるような悲しみであった
ことでしょう。
その中で出会った「般若心経」、心で訳された「般若心経」、私が今まで何度よんでもわかり
難かった「般若心経」・・・でも柳澤さんの「般若心経」は私にもとても良く判りました。
でも わかった!と言う気がしているだけかもしれません。

宇宙の生き物である自分・・・人よりも優れていたい!楽をしたい!苦しみから逃れたい!
死にたくない!・・・ではどのように生きたらよいのか???
お釈迦さまは、「すべての生き物は宇宙の塵のようなものからできている・・・自分もそう、他者も
そのとおり、今 目の前に見えている大自然、生き物、形のあるすべてのもの・・・生きて死ぬの
は当たり前、形づくられ壊れて行くのも当然のこと・・・欲望をよく整えて無心に生きる!!!」
み仏はそのように示され、柳澤さんもそのように説いていらっしゃるのではないでしょうか!!!

でも私たちはそのように生きられるでしょうか?
私は『感謝して生きる!』これが自分でできる最高目標だ!と、思っています。
浅い解釈を紹介しましたが、皆さんどうぞ「生きて死ぬ智慧」をお読みください。

合掌

平成17年10月1日

■ 十夜法要のはじまり
今年の秋は残暑の気配が色濃く残り、いつまでも蒸し暑さを感じる毎日でした。中旬を過
ぎてようやく秋風が爽やかに吹き渡り心地よく過せるようになってきましたね。でも十月
も後7日余り・・・十一月、十二月と二ヶ月でお正月・・・余り早く月日が過ぎて心寂しく
なってしまいます。
十一月には『十夜法要(じゅうやほうよう)』という行事を勤めますので皆さんどうぞお参り
くださいね。

『十夜法要』は通称で、真言宗では『五日三時大法会(いつかさんじだいほうえ)』と言って
高野山では十一月から十二月頃に勤められている法要です。
もともとは弘法大師空海さまのお師匠様であった唐(中国唐代)の国の恵果和尚(けいか
かしょう)様が先亡(せんぼう)の師である不空三蔵(ふくうさんぞう・西遊記三蔵法師のモデル)
への報恩の為に勤めた法要でした。わが国では弘法大師空海様が、真言宗の法を授けて下
さった恵果和尚さまへの報恩のために弘仁13年(AD822)12月11日に高雄の神護寺で
修せられたのが始まりとされています。
以来、真言宗各寺院ではお大師様のお徳を讃えまた先祖諸精霊への追善菩提のために代々
勤めて今日に至っています。では何故「五日三時法要(いつかさんじほうよう)」というのか?
と思いませんか!これは懺悔滅罪(ざんげめつざい)を祈願して五日間、毎日三時に『理趣経
(りしゅきょう)』をお唱えし、先師および檀信徒各家の先祖諸精霊に報恩感謝・追善菩提を
祈って行われているからです。

円満寺における『十夜法要』は、お大師さまの教えを頂く者として・・・大宇宙大自然に抱か
れて現在の自分が在ることを感謝して・・・御仏やご先祖様に実りの秋の収穫物をお供えし、
追善菩提のまことを捧げる行事をつとめています。またお塔婆供養はご先祖さまへの感謝の
気持ちをこめて、現在自分たちが健康に幸せに暮らしていることを知らせるお手紙だ・・・
と思ってください。皆さんこの機会にいっぱいご先祖さまにお手紙をだしましょうね。

合掌

※理趣経…真言宗の常用経典。御仏を信ずる全ての人々の苦しみを癒し、願いをか
        なえ続けようとする、ご誓願(せいがん)が説かれています。

平成17年10月22日

■ お正月って、大晦日って何だろう?
12月に入ってここ数日、暖冬に慣れていた私たちは今年一番の寒波に襲われてしまいました。
本当に冷たいですね。風邪をひかないようにしなければ・・・。

平成17年も残り僅かになってしまいました。家の中を片付けなければと焦りながら数日が
過ぎていってしまいます。でもお正月を迎えるのだから・・・、新しい年を清々しい気持ち
で迎えるために、日本人は正月迎えの準備に余念がありません。
でもお正月って大晦日って理解しているようで余り判っていないのではありませんか?

円満寺でも大晦日には参詣の皆様に除夜の鐘をついて戴き、元日から三日まで修正会(しゅ
しょうえ)の法要を行って、お参りの皆様にご祈祷をしたお札や破魔弓、干支の飾り紙をお
授けしていますが、いつも何処におまつりしたらよいか?と、質問をうけます。
お仏壇におまつりしたら・・とか、皆さんのお守りになるのだから寝室の枕もとの床柱に貼
るとかお答えしていますが、どれがぴったりと当てはまるお答えなのか確信はありません。
でも宗教はファジーな世界ですのでおゆるしくださいね!きっと合ってるとおもいますよ!

日本では古来から太陽や月・大自然を神として敬い、また自然の運行を拠りどころとして農
作物を作り、漁をして暮らしをたててきた慣わしがあります。
冬至の前後は日照時間が減り、太陽のいのちが衰えたように感じますが、少しずつ日の出が
早くなって明るくなると、太陽がよみがえりお正月がめぐってきます。日本人はこのように
年ごとに新しい生命を戴くものとして、お正月を大事にしてきました。元旦には歳神(としがみ)
さまが門松や注連飾り(しめかざり)をよりしろとして来臨するとされています。

修正会(しゅしょうえ)は歳神(としがみ)さまを仏教儀式でおまつりして、一年の五穀豊穣
(ごこくほうじょう)家内安全・世界平和の祈願をつとめさせていただきます。また歳神さま
はご先祖の霊と同体との言われもありますので、お正月は先祖供養祭もかねる行事とも
されています。

また大晦日は元日に歳神さまをお迎えするために、家族一同精進潔斎(しょうじんけっさい)
をして一年の罪穢れ(つみけがれ)を祓う(はらう)一日でありました。
除夜の鐘は一年間の煩悩を取り除き清らかな菩提心(ぼだいしん)で初春を迎えるための大
切な行事です。百八の煩悩を除くためにつく除夜の鐘は十方にながく響いて、聞く人々の心
を清めてくれるおかげがあります。

どうぞ皆様除夜の鐘・お正月の初詣におまいりくださいね。お待ち申し上げています。

合掌

平成17年12月17日