12月31日 23時45分〜
 除夜の鐘撞き始め
1月元旦 0:00〜
 修正会法要
1月 2日 10:00〜
 修正会法要
1月 3日 10:00〜
 修正会法要
1月24日 13:00〜
 初不動柴燈
   護摩祈祷法要

平成24年
■2012年を迎えて――平成24年1月 平成24年1月6日
■2012年2月を迎えて――平成24年2月 平成24年2月3日
■「今年の春彼岸の頃―東日本大震災から一年・・八十八カ所雑感」――平成24年3月 平成24年3月9日
■「春を待つ」――平成24年4月 平成24年4月9日
■若葉の頃――平成24年5月 平成24年5月9日
■「大般若経よもやま話」――平成24年6月 平成24年6月4日
■施餓鬼会よもやま話――平成24年7月 平成24年7月10日
■「盂蘭盆」よもやま話――平成24年8月 平成24年7月31日
■まだまだ暑い秋彼岸――平成24年9月 平成24年8月29日
■私のシルクロード紀行――平成24年10月 平成24年9月28日
■「新たなお知らせと十夜法要」よもやま話――平成24年11月 平成24年11月5日
■錦秋の秋から大つごもりへ――平成24年12月 平成24年12月3日

平成28年
◆平成28年のよもやま話
平成27年
◆平成27年のよもやま話
平成26年
◆平成26年のよもやま話
平成25年
◆平成25年のよもやま話
平成23年
◆平成23年のよもやま話
平成22年
◆平成22年のよもやま話
平成21年
◆平成21年のよもやま話
平成20年
◆平成20年のよもやま話
平成19年
◆平成19年のよもやま話
平成18年
◆平成18年のよもやま話
平成17年
◆平成17年のよもやま話

■ 2012年を迎えて――平成24年1月

2012年を迎えて先ずは「新年明けましておめでとうございます。心新に人と人との絆を大切に
この一年を過ごしてまいりましょう。」
 例年と少し違ったご挨拶になってしまいましたが、昨年は東日本大震災・福島原発事故被害・
相次ぐ大雨被害等で、命を失った人・自宅があるが故郷に帰れない人々、職業を失った人、放
射線を浴びながら原発事故収集にあたる人々・・・それぞれの皆様が大変な思いを抱えながら
新年を迎えられたことと思います。それにしても日本人は謙虚なおおらかな国民性ですね。こ
んなに大変な一年を過ごしたのに、現状を何とかしてほしい!との声があっても、誰が悪い!
人のせいだ!とかいって、暴動が起こったり、反乱が起こったりそう言う機運にはならず、前向
きにひたむきに自分を支え、復興に努力しておられる・・・つくづく日本人の長所を感じますが、
ニュースに出てこない大変な境遇の皆様に、政府行政が一日も早く援助の手を差し伸べて欲
しい!!!と、ひたすらに願う年頭の思いでした。
 それにしても日本人は物事に拘らないというか、忘れっぽいというか、大変な災害悲惨な事
故についても、過ぎ去ったことにしてしまう・・・、まったく同じ私の性癖に反省をこめて、「忘れ
ないよ東北!!いつまでも共に歩むよ東北!!頑張ろう日本人!!」と心から励ましたいと
思います。
 先程のテレビの画面では被災地の元日の始まりの空に上がった花火が映し出されていまし
た。心新に希望の持てる一年であるよう願うばかりです。被災された皆様の無事を祈りながら
も、具体的に何もできていない自分を恥じながらの文章でした。

 さて圓満寺のお正月・・・例年通り大晦日除夜の鐘――元日から正月三が日修正会(しゅしょ
うえ)を相務めました。修正会は皆さまの一年の家内安全と繁栄を歳(とし)神(がみ)様(ご先祖
の霊)に祈願する行事ですが、遠い昔は「本尊悔過(けか)(例:薬師悔過・吉祥天悔過)と言っ
て過去一年の心の垢を取り払い、仏様に一年の平安を祈願する敬虔な祈りの行事でした。
また天皇家では天皇様が元日の早朝から「四方拝(しほうはい)」といって一年の五穀(ごこく)
豊穣(ほうじょう)を祈り、また宮中三殿で元日から七日までは日本人の繁栄と国家の安全を
祈る「節会(せちえ)」の行事が行われているそうです。私たちは姿かたちの見えない有り難い
存在に抱かれ守られていることに思いをいたさなければなりません。

 それにしても今年の大みそか除夜の鐘・元日修正会法要は、年末の厳しい寒さが少し和ら
いで本当に穏やかなお正月で、例年より参拝された方が多かったようで、有り難いことでした。
 また一月二十九日は「星祭り初不動燈護摩供養法要」で皆様方の当年星(今年の運勢)に
よる厄除けの祈願をこめる法要を行います。
 読者の皆様もよろしければ是非御参拝くださいませ。申し遅れましたが、今年もどうぞよろし
くお願い申し上げます。

   


   



合掌

平成24年1月6日

■ 2012年2月を迎えて――平成24年2月

昨年末から愈々寒波襲来・・・初春早々は少し暖かい日々が続きましたが、大寒を迎えたころ
から「本格的な寒さ到来…、「寒いさむい」と思いながら過ごしていましたが、北海道は零下20
度を超える地方があったとか、東北地方や、日本海側の地方は大雪被害で、雪下ろしの最
中亡くなられたお年寄りが50人を超えたとのニュースに心を痛める毎日です。豪雪地帯では
雪下ろしの人手が足りず、重労働で皆様お困りになっておられますね。遠く離れていることを
言い訳にして、お手伝いできていないことが、本当に申し訳ないことです。瀬戸内海に近く雪害
に御縁がない私たちは、雪が降るのを見て珍しがり雪見をしたりしますが、こんなに大変な
被害になるとは・・・長い日本列島の南北の気候差をつくづく痛感しながら、他人事のように
過ごすわが身を恥ずかしく思わず反省させられてしまいました。

――さて2月を迎えました。
2月は「きさらぎ―如月」――それぞれの意味合いを込めて「衣更着」「来更来」「気更来」とも
書くそうです。・・・寒さのため衣に衣を重ねるから「衣更着」、お正月に来た春が更に春めく
の意味で「来更来」、「気更来」は立春を迎え陽気の発する季節という意味合いだそうですが、
季節に寄り添った日本語の美しさ、たおやかさとの出会いに、思わず心惹かれるひとときです。

 また、2月14日はすっかり聖バレンタインデーが定着した感がありますが、その翌日2月15日
はお釈迦さまが涅槃を迎えられた日――入滅された日にあたります。私たちの各お寺では
「涅槃会(ねはんえ)」としてお釈迦様に御供養を申し上げ、仏恩に感謝をもうしあげます。
 我が真言宗の本尊様は「大日如来さま」・・・「除闇遍明じょあんへんみょう ・光輝いて翳りのない宇宙の真理」
を本尊様として敬っていますが、その宇宙の真理を悟られたのが『お釈迦様』・・・無限の存
在『宇宙』の中で人間として「如何にいきるか?」「人間の生ある苦しみをいかに克服するか?」
他の生ある存在を認め「どのように共生するか?」を教え導かれたのが、「仏教のはじまり」
です。お釈迦さまは「神の子」ではありません。真理を悟った人という意味で「覚者(かくしゃ)」
と呼ばれ、敬われています。お釈迦様が語り、口伝手[くちづて]に伝えられたられた教え
はインド・西アジア・東南アジア・中国・朝鮮・日本と伝来し、現在「大般若経六百巻」として
信仰を集めています。

お釈迦さまのはじめられた仏教の教えはとても幅広く、その幅広さ故なのか、発祥地インド
ではヒンズー教に吸収されて、すっかり衰えて見る影もありませんが、初期経典の教えをも
とにした上座仏教が、スリランカ・タイの人々の篤い信仰を集め、チベットではラマ教となり、
日本では各宗派の祖師たちの教えで人々の信仰を集め、日本文化の源流のひとつとなって
います。
そしてお釈迦様は真言宗の教えのなかで、本尊大日如来(宇宙の真理・働きの象徴)を中心と
した曼荼羅上の、大日如来の御誓願をそれぞれあらわした四仏のなか、北方の御仏
不空成就ふくうじょうじゅ如来にょらい)とお名前を替えて、お姿を現しておられます。

居並ぶ四仏は中央大日如来を中心に、東方・しゅく如来にょらい(御仏の教えで邪心を断ち、衆生を
救い続ける不動の心)南方・宝性如来ほうしょうにょらい(衆生に福を与える)西方・阿弥陀如来(如来の知恵と慈
悲により衆生を救う)そして北方・不空成就如来(しゃかにょらい・衆生の精進忍耐により功徳
を与える)それぞれの御誓願で衆生に手を差し伸べておられますが、何よりも曼荼羅上におい
ででも、人間として生まれ実際私たち人類の遠い先祖を導かれた方・・・、衆生の苦しみを癒
すため、一生を布教の旅・修行の旅にささげられたかた・・・、、涅槃(入滅)に赴かれるときに
は「自らを整え拠りどころとせよ、自ら会得した教えを拠りどころとせよ」と弟子たちに遺言
をされたと伝えられています。2月15日一日でもお釈迦様を偲び、私たちの心を整えてみま
せんか。

合掌

平成24年2月3日

■「今年の春彼岸の頃―東日本大震災から一年・・八十八カ所雑感」――平成24年3月

 年初めから、連続してめぐってくる寒波を何とかやり過ごし、ようやく3月を迎えました、
弥生三月・・・
日本各地から雛流しの行事や、雅(みやび)な御殿雛(ごてんびな)、大名家の姫君の婚礼調度
としての豪華な五段飾り七壇飾りの公開など各地の行事が、私たちの目を楽しませてくれました。
そして5日は暦の上で「啓蟄(けいちつ)」・・・地中に眠っていた虫たちが蠢き(うごめき)だし地上に
這い出す日とされていますが、丁度雨の多いころで、私は4日〜5日と、有志の方達をお連れして
八十八カ所参拝(41〜48番)を予定していました。ところが、生憎雨模様の予報で、特に二日目は
降水確率70パーセントとかで、「ああ、今度はどうしても雨に逢ってしまう!!困ったなあ・・・」
とか思いながら出発しましたが、有り難いことに御札所についたころは曇り空ながらなんとか傘の
お世話にならず、一日目のお参りを済ませました。

 そして5日…啓蟄の日は暖かく、やっぱり雨――最初の御札所参りは「第45番岩屋寺」この度
の最大の難所岩屋寺さんでした。前回八十八カ所参拝の岩屋寺さんは、前夜からの降雪で雪
を踏みながら山登りをしましたが、この度は、雨に降られながらも、少し楽なお参りをさせていた
だきました。
 心のなかで「南無大師遍照金剛」とお唱えしながら山道を登りましたが、急な坂があれば平坦
な山道になり、また急な坂…手すりもついていて道も比較的整備され、これなら昨年お参りした
西国三十三カ所の槙尾山施福寺さんの方がよほど難所かなあ?と感じたくらいでした。伝承によ
れば、弘法大師様が霊力を持つ仙女から献じられた巨大な岩山に鎮座する本堂[不動明王]と大
師堂、周囲の岩山にも不動明王さまが宿っておられるそうです。いつお参りしても大自然(宇宙)
への畏敬の念と、そこに抱かれている安らかさを感じ、目には見えぬけれど導いて下さるお大師
様の手を感じながら、遍路の旅を続けています。

   



46番から48番のお参りは何とか雨が上がり、有り難い順調なお参りを務めさせていただきました。
印象に残ったのは46番浄瑠璃寺さん・・・他の御札所より古めかしく,温かさを感じるお寺、御本尊
薬師如来様に救いを求め、薬師如来さまも、きっといっぱいお慈悲とおかげを下さったのでしょうね。
本堂も大師堂にも千羽鶴やお人形さんがお供えしてあり、大師堂では、お大師様と参拝者を結ぶ
五色の紐がむすんでありました。それに赤ん坊姿の抱きお大師さま・・・きっと子供たちの守り仏
さんでしょう。私も思わず抱いてしまいました。雨上がりの山道からの眺めは壮大な雲海が眺め
られ、バスの中から刻々と変化する雲海景色を撮影してみました。

 さて春彼岸の話と思いながら、3月は東日本大震災を語らずにいられません。私は何か役立つ
ことが出来たか!と思えば、具体的に役立っていない自分がやるせなく、反省のおもいを強く感
じます。
 私の務めているのは御札所での慰霊の為の御詠歌ですが、み仏さま方にご詠歌をお供えして、
もし私の思いが通じたら、瓦礫の下や海底に眠っておられる犠牲者にも仏様のご慈愛が届くので
はないか?と思い、それだけは勢一杯勤めています。でもこれは自己満足に過ぎないのではない
か?と思ったりして、具体的なお手助けをしていないことを申し訳なく思う今日この頃です。
 でも大震災から一年・・・瓦礫処理を早くしないといけないですね。放射能被害が恐ろしいけれど
日本全国でお手伝いすることが大切ではないでしょうか?

 未来の安全を確保したいけれど、「明日は我が身!!!」かもしれません。震災の3月11日が
近づきテレビでは震災報道が続いています。「心の絆」が叫ばれましたが、このごろは「絆」が
途切れていないかなあ・・・、辛い!重い!ことは見たくない中途半端な自分、私たちは頑張っ
ている東北の皆さんを、不本意な境遇にいらっしゃる東北の皆さんを、忘れないで声援をおくり
ましょう!!!また必要なことを求められる機会があったら、少し痛みを伴っても協力致しまし
ょうね。日本人としての『絆』を共有するために・・・。

合掌

平成24年3月9日

■ 「春を待つ」――平成24年4月

 お彼岸が明け、4月を迎えました。「弥生」三月から「卯月」四月への季節の移り変わり…、
さくらの便りが日本各地からちらほらと訪れていますが、春の日差しの中肌寒い寒風が吹き渡り、
思わず首すじをすくめてしまうような日々が続いています。

 旧暦では「卯月」・・・「卯の花の咲く月」あるいは「苗を植えつける月」とか語り伝えられていま
すが、「卯の花」とか「早苗植える頃」は現在では初夏の季節を意味するように感じられます。
 また、先日は予期せぬ春の嵐・・・瞬く間に空が黒雲に覆われての豪雨・吹きすさぶ烈風で
日本列島が大荒れ、電柱が倒れトラックが横転したり、烈風にあおられて交通ダイヤが乱れ、
日本全国の海空地上で、大変な被害となりました。約40年程前にもこのような大荒れの時期が
あり「メイストーム」と称されて大きな話題になったそうです。

 でも今年はなるべく季節が穏やかに訪れ、大震災や豪雨被害にあわれた皆様にも、春爛漫の
季節を楽しんで頂きたいものですね。そして一日も早く大震災や原発事故の被害が回復するよ
う、私たち国民が協力し、日本政府が指導力を発揮して、日本再生に取り組んでほしいですね!

自分自身への反省を込めて「他人の痛みに鈍感なこと、辛いこと、苦しいこと、やりきれないこ
とから逃げてしまう、時間の経過とともに大切なことを忘れてしまう・・・」嫌ですねえ〜そして自
分本位な考え方になってしまう! お彼岸にはご先祖さまにお参りして感謝の気持ちと、謙虚さ
を思い出したはずなのに、自分本位に漫然と暮らしては駄目!!!八十八カ所や三十三カ所
観音霊場にお参りして、お大師様や観音様に自分の生き方を問いかける機会にしております。

4月は13日と14日の二日間西国霊場21番〜26番摂津播磨方面近隣の御札所巡拝の旅となり
ます。途中番外花山院(かざんいん)にもお参りして、西国御札所を創始された花山法皇の故
事にも触れてみるのも楽しみの一つです。

 五月五日「子供の日」には毎年恒例の『花祭り・髪納め法要』を相務めます。花祭りは約2400
年前北インドの花園で生誕され、「天上てんじょう天下てんげ唯我独尊ゆいがどくそん」「我はこの世の生きとし生けるものの苦
しみを救う聖者となろう」と誓願された赤子の釈迦如来に、天人が五色の香水を注ぎかけ、ご
生誕を祝ったとの故事にちなみ、季節の花々に包まれた誕生仏に甘茶を注ぎかける床しい行
事ですが、併せて野山に鎮まるご先祖の霊を迎え、新仏さまの遺髪供養を行っています。白象
に乗ったお釈迦様もいっぱいの花につつまれ、遺髪を納める「髪塚」も花いっぱいでとても美し
い行事ですよ!よろしければどうぞお参りなさってくださいね。

扨 私は「いなみ野学園のクラブ活動に参加して、「焼津・久能山東照宮」への旅行に参加して
きました往路は不安定なお天気でしたが、復路は日差しが温かく富士山の眺望がすばらしくて、
バスの行く手に現れる富士山に皆さんで大喜びを致しました。久能山はの斜面の日当たりが良
くて櫻が一足先に満開にちかくなっていました。徳川家康公の廟所は階段の幅が高く上るのに
苦労しました。でも、あんなに美しい富士山に出会えたのはとても素直に心嬉しくて、「ああ・・・
私もやっぱり日本人なんや!!!」と感動しました。
つまらないお喋りばかりでごめんなさいね。私の感動した富士山や日の出の写真をご覧くださ
いね。






   


   


   


   

合掌

平成24年4月9日

■ 若葉の頃――平成24年5月

 野山に若葉のみずみずしく映える候となりました。薄緑の若葉が風にそよいでいるのは本当
に清々しくて美しいですね。・・・とは言いながら、つい先日は三月の寒さのせいで開花の遅れて
いた桜が満開になり、それはそれは結構長く咲き続けてくれて、蒸せかえるほど妖艶な花盛りで、
私は桜の精に魅せられて、しばらく足をとどめて、見とれてしまいました。…はらはらと散る花び
らも床しくて、俳語でいうと「花筏」とかいうそうですが、それもしばらく満喫させて戴きました。
檀家さんで写真の堪能な方が、お隣の北公園の桜と五重塔を撮影してくださって、池に映った五
重塔と花盛りの桜が美しく、とても満足な出来栄えで、大喜びで拝見いたしました。


   


 また四月の下旬には圓満寺の牡丹の花が見ごろになり、私が通学している「いなみ野学園」の
お友達や、ご詠歌教室の友人も連れだって、牡丹の花見にいらっしゃいました。私の大好きな
真紅の八重の牡丹や、一つの株から真っ赤なのですが、一重咲、八重さき、白の縁取りの八
重咲の牡丹が咲いて、毎年ながら本当に珍しく皆さんに大好評でした。牡丹も白・ピンク・臙脂・
黄色と次々に満開になり目をたのしませてくれましたが、5月5日の花祭りの頃には散ってしまい、
毎年ながら残念な事でした。


   


 5月5日花祭り髪納め法要は、当日晴天に恵まれて、丁度淀川つつじが満開の中、遺髪供養
のため檀家の皆様がたくさんお参りに来られました。花祭りのみのお参りの方も白象に乗ったお
釈迦さま(誕生仏)に合掌して、甘茶で喉を潤し楽しんで戴けたと思います。
 卯月八日髪納め供養は「花はじめ」・「花迎え」ともいわれ、古来から播磨地方に伝わった独特
の行事だそうですが、私たちのご先祖さま(各家の精霊)はこの世から生まれ変わり、なかでも
追善供養をよく務めて戴いた精霊はそれぞれのお浄土や、野山に宿り先祖神に変わられるとさ
れています。ご先祖様は、お正月には「歳神さま」、卯月八日には穀物の豊穣を守護する田の神
として私たちのところに降臨され、新仏様へのご加護と、檀信徒各家の安全と繁栄をご守護くだ
さるそうです。またお盆には各家のご先祖様として、それぞれのお家へ里帰りされ、家族との交
流を楽しみとされています。このように考えると「ご先祖様」は本当に有り難いですね。人間は人
と人とのつながりがなければ、生きていけないもの…ご先祖様を大切に、家族を大切に、周囲の
人とのつながりを大切に、と心に留める行事でした。


   




 さて遅ればせながら先日お参りした西国三十三カ所観音霊場(4/13〜14)のお参りのご報告・・・
この度は第21番菩提山穴(あな)太寺(あうじ)〜27番書写山圓教寺、大阪地方播磨地方を中心
としたお参りでした。近くばかりのお寺でいつでもお参りできそうな…だから余りお馴染みではな
かったですが、本当に立派なお寺ばかりで、今更ながら吃驚しました。遅れて咲き揃った桜も
満開で、お寺も花盛り、バスからみる景色も花盛りで、皆さん大喜びのお参りでした。

 特徴のあるお寺―穴太寺さんは森鴎外作の「安寿と厨子王」に御縁のあるお寺だそうで、見る
からに古びた落ち着いたお寺さんで見上げると屋根板に納め札が貼ってあり、修理の時に記念
の為に板を再利用されたのかなあ…とか、総持寺さんは本堂にお正月のしめ飾りがかけてあり、
何か由緒があるのかなあ、勝尾寺さんは古来から勝ち運祈願のお寺として信仰を集め、それは
それは華やかで魅力あるお寺、中山寺さんは「安産祈願のお寺」門前町や塔頭寺院が立ち並
び、参拝者で大賑わいでした。番外の花山院は三田市の近くの山中にあり、正式には「東光山
花山院菩提寺」というそうで、西国三十三カ所開創に尽力された花山法皇をお祀りしています。

 御詠歌「有馬富士 麓の霧は海に似て 波かときけば 小野の松風」そのままに隠棲生活を
過ごした院を偲ばせるようなひっそりと静まったお寺でした。御嶽山清水寺、法華山一乗寺はど
ちらも印度僧法道仙人の開基、一乗寺は八葉蓮華の浄域、清水寺は法道仙人が掘り当てた
清水によりなずけられたお寺です。書写山圓教寺は花山院が師とされた性空上人開基のお寺、
西の比叡山と称されている鎮護国家の道場でスケールの大きいお寺でした。感想は胸一杯…
「やっぱり、みんながお参りしたい、また寄ってきたい!!!と思うようなお寺にならないと駄目
やなあ」とつくづくの思いでした。

   



合掌

平成24年5月9日

■「大般若経よもやま話」――平成24年6月

 野山に彩られている花々を愛でている中にいつの間にか六月に入りました。木々の緑が濃く
深くなり、お隣の野添北公園の花菖蒲が目も鮮やかに咲き始めました。

   

 さて六月の圓満寺は6月17〜18日には四国八十八カ所参拝、二十日に庚申大祭大般若経
六百巻転読祈祷法要を行います。庚申様は圓満寺の本尊様で、人間の心身の欲望から生ず
る病や悩みを拭い去って下さる仏様・・・げに恐ろしげなお姿ながら、内に人々を愛おしむ御心
を秘め、大威だいい神力じんりきでご加護してくださるみ仏です。 脇侍にはやくしゃしんがご家来として侍ってい
るのは、諸病に効くお薬を提供する夜叉神として庚申様のお役にたっているのではないでしょ
うか。圓満寺では庚申様の御祈祷の際に「ご幣さる」を皆様にお授けしておりますが、お猿さん
は皆さまの一年間の厄を身代わりになって下さるお猿さん、お猿さんがしっかりお持ちのご幣
には、皆様の御祈願の願いを書き込み、そっと大切な場所につるしておいてください。家の軒
先・玄関・御仏壇でもよろしいのではないでしょうか。

 そして共に務めている大般若経六百巻転読祈祷法要・・・大般若会とは、「大般若経」六百巻
を転読することにより、「般若経」のくうの教えを体得し、全ての苦厄を消し去って、内外の怨敵
を退散させ、五穀豊穣や国家安寧を祈念し、人々を幸福な生活に導いてゆくことを目的とした…
とありますが、「家内安全」「除災招福」「病魔退散」「諸願成就」「長寿延命」他を大般若経転読
の功徳により、お加持ご祈祷申し上げる行事です。この大般若会には本堂中央に「釈迦十六
善神像」の掛け軸をお掛けいたします。 

   

画面いっぱいの仏さまを解説すると、本尊様は大般若経の教えを説かれたお釈迦様、@いつ
も釈迦三尊像で脇侍を勤めておられる、普賢菩薩さま(白象に乗った仏様・仏さまの慈悲の象
徴)と獅子に乗った文殊菩薩さま(御仏の教えを判り易く布教・智恵の象徴)Aやさしい僧形の
法涌ほうゆう菩薩ぼさつさま、いつも泣き顔 の常諦じょうたい菩薩ぼさつさま、B荒ぶる姿で仏法を加護する十六善神様、C
大般若経をインドから中国に持ち帰った玄奘げんじょう三蔵さんぞうさま、砂漠の魔物ながら三蔵法師に帰依し
て、困難な旅を守護した神沙じんしゃ大将たいしょうさま・・・以上の仏さまが大般若経をご加護なさっています。

 「西遊記」のモデル玄奘三蔵法師は、あらゆる苦難を乗り越え十六年を費やして、大般若
経六百巻をインドから唐(中国)に運び、以後約四年間かけて漢文に翻訳しました。玄奘三蔵
さまは仏法護法のため一生をかけ、大般若経の翻訳を完成させて約一年後に一生を終えま
した。私たちは今もって三蔵様のご尽力により、親しく仏様の教えに触れている訳です。

 私、圓満寺の行事に深く関わりながらも常に忙しくて、ほっと一息できるのは行事が終わっ
た時…と言う感じで、余り行事の謂われとか、意味合いに触れる機会がありませんでした。ホ
ームページの「よもやま話」のコーナーを始めてから、興味も必要性も出来て色々なことを学
ばせて頂いております。色々と足りない点や一人合点のところも多々あると思いますが、どう
ぞ助言やご協力をお願い申し上げます。 法要当日は、体内の毒をおろす蒟蒻こんにゃく加持かじ、お灸
で体調の変化を調節する炮烙ほうらく加持かじ、皆様の諸願成就を祈願する「大般若加持」などを務め
させて戴きます。
 どうぞ皆様お揃いでおまいり下さいませ。

合掌

平成24年6月4日

■施餓鬼会よもやま話――平成24年7月

 垂れ込めた曇り空のもと、青紫の紫陽花の花と深緑の葉の重なりが目にも鮮やかに映えて
いる今日この頃でございます。ただ今は梅雨まっただ中…本当に鬱陶しい毎日ですね。

テレビをつけたら、九州地方の集中豪雨のニュースが飛び込んできました。先日から本州のあ
ちらこちらで6月中の雨量が2・3日で振ってしまい、これ以上の雨が降れば、いつ洪水や山崩
れ事故が起こる可能性がある…とかの注意が、気象予報で流れていましたが、大分地方が大
洪水で、ここ2・3年の集中豪雨や地震被害も含め大変な気候異変の日本列島となっています。
いつこの播磨地方が洪水の被害地になるかもしれません。昨年からのハザードマップで東南
海地震が発生すれば、播磨南東部の沿岸地方は津波被害の危険があるとか・・・色々緊急時
の準備をしなければと思いつつ、はかばかしい準備を行っていないことが恐ろしく、思わず反省
と焦りを感じてしまいました。そうは感じながら日常の多忙さにかまけて辛い話題に向き合わず、
苦しみの中にある皆様と次第に縁遠くなりつつある自分を、申し訳なく思っています。

 梅雨明けをすると、7月8月とお盆供養の行事が巡ってまいります。
そこで施餓鬼法要に関するお話をちょっと・・・。
 まず「施餓鬼法要」のまつわる昔話からお話しますと、約2000年以上前お釈迦様ご在世の
頃の事ですが、阿難尊者さま(十大弟子の一人・多聞第一)が座禅を組み悟りを求めて修業し
ていると、目前に現れた餓鬼に「三日後に命尽きて、餓鬼道に墜ちて苦しむだろう」と脅され、
また「餓鬼道の我らをはじめ、あらゆる困苦の衆生に飲食を施せば、お前の寿命は延び、われ
らも苦難を脱することができる」とも告げられました。阿難様に救いを求められたお釈迦様は
「観世音菩薩の秘呪を唱えたなら、一つの器に供えた食べ物も無量の食べ物となって飢えを
満たし、餓鬼をはじめ一切の苦難の衆生を救うことができよう。その果報の功徳で施主の寿命
が延び、ご加護を受けるであろう」と諭されたことが施餓鬼法要の由来となっています。


 お施餓鬼会にお参りされた皆様、施餓鬼壇の上段には「三界万靈さんがいばんれい」の位牌がお祀りしてあり
ますが、御気付きでしょうか?三界とは欲界・色界・無色界とされていますが、解説によると欲
界は淫欲や食欲・物欲におぼれる生き物の世界、人間や餓鬼をはじめ畜生・修羅・地獄界も
含まれます。色界しきかいは淫欲や食欲を離れた生物の生存する世界、無色界むしきかいは姿かたちを離れた
精神だけの世界とされているそうですが、私は色界・無色界については良くわかりません。
私たちは勿論「欲界」人間世界に属しています。仏教の教えでは「三毒さんどくとんしん」と言わ
れて悪者扱いですが、貪は生活力、瞋は闘争心・痴は繁殖につながって決して悪いこととは
いえません。むしろ人間が生きていく以上欠かせない欲心だと思いますが、如何でしょうか?
人間は「仏心」と「邪心」を併せ持つ生き物だと思いますが、要するにお釈迦さまの説かれる
「中道」の教え、バランスの取れた心を保つことが必要ではないでしょうか。


 人間だから、欲しいものは手に入れたい、競争には勝ちたい、素敵な人には気に入られたい・・・
でも自分なりにマイペースに、自分を顧みてある程度で満足するとかそんな風に心がけて生き
ています。
 でも悲しいことに、死後にも欲心・執着心を持って行ってしまう場合が、まま、多々あります。
死後には生前の行いにより六道のいずれかに生まれ変わるとされていますが、修羅や畜生・
餓鬼や地獄に生まれ変わったら、たまりませんね!!
 ですから、遠く近くのお先祖様のために、またご先祖様にまつわる精霊のために「施餓鬼供
養」をしてあげて下さいね。皆様の追善回向でたくさんの精霊が救われ、皆様へも目に見え
ない果報が巡ってくるとおもいますよ!  と言うことで「よもやま話」をおしまいにいたします。



合掌

平成24年7月10日

■「盂蘭盆」よもやま話――平成24年8月

 集中豪雨に見舞われた梅雨もようやく明けましたが、今度は天気予報通りの猛烈な暑さがや
ってまいりました。夜もなかなか気温が下がらず、日中にはこの播磨南東部も35度前後まで気
温が上がっているのでは、ないでしょうか?余りの猛暑で、日本各地で熱中症で死亡されたと
の残念な記事が、相次いで掲載されています。

 関西電力から節電依頼の文書が届き、また計画停電に協力するように…との話もありました
が、もし日中に停電したら冷蔵庫の食品の保存はどうしたら良いのか?との話があったり、重
症患者を抱える病院はその限りではないとか、出産時の対応に影響がでるのではないか?と
か色々な噂話でもちきりですが、真相はどうでしょうか?
関西電力からは計画停電の計画書が届き、いざとなれば実現するかもしれませんが、この暑
さや熱中症防止には、どのようにすればよいのでしょうか。とても不安に感じます。
折りしも東京では原発稼働反対の大規模なデモが行われています。一般人の参加が多いと
か、日本の未来のために、子供たちの将来のための行動に敬意を表していますが、この計画
停電の不安と目の前の暑さに閉口している私がいて、とても複雑な思いがいたします。でもそ
んなことを言っていても仕方ありませんね。
充分体力をつけて忙しいお盆をのりきりたいものです。

 さて…「お盆」毎年この季節には「よもやま話」でご紹介していますので、あまり話題がなくな
りました。インターネット上に掲載された記事をご紹介いたしますので、参考になさってください
ね。

 …古代支那では7月15日を「中元」と呼び、半年の無事を祝って先祖祭りを行いました。こ
の際に行われた仏事を「盂蘭盆(盂蘭盆)」といいます。なお、中元の贈り物も、先祖祭りの際
に貧者や病人に物を施すという供養儀礼が変化したものとされています。
この盂蘭盆の風習が日本にも伝わり、現在の盆行事へとつながりますが、それ以前から日本
では夏にカミ(先祖)を祀りました。これは仏教伝来以前から行われている太古の「カミまつり」
です。日本では特に先祖を祀る重要な日は正月と盆とされますが、正月(春)は幸い求める祝
い、盆(夏)は禍が起きないようにする鎮めです。これは気候の関係によるもので、平穏な春に
対し、天災・疫病の起きやすい夏は、荒ぶる御霊を鎮める必要がありました。日本に仏教が伝
来すると、本来仏教は解脱を目指す教えですが、当時の日本人は「仏教は滅罪の教え」と受
け止め、その滅罪の力により死者の荒ぶる御霊が静まり地域社会や国家の安泰が得られる
と受け止めました。そのことで鎮魂儀礼に仏教が深く関わるようになり、仏教の民衆化に成功
しました。しばしば話題にのぼる「きゅうり・なすの牛馬」ですが、正月は米の収穫祭の影響を、
盆は麦・野菜の収穫祭の影響が考えられます。そのことは正月に餅を、盆には素麺・瓜(胡瓜
・茄子)などの野菜を供えるところから伺えます。収穫祭としてカミ(先祖)を祀っていたのでしょ
う。それらの影響が、お供え物に色濃く残っています。

 正月は鎮魂を必要としない先祖なので積極的な鎮魂儀礼をおこなわず、また逆に仏教と言う
外来思想の影響を受けた盆が、鎮魂儀礼を行うことで「先祖祭」の意識が明確に残ったという
のも面白いことです。現在でこそ夏はレジャーや旅行など楽しい期間ですが、昔の人々にとっ
ては、無事夏を越すことが出来るかできないか、台風・日照り・疫病など、夏が平穏であれば一
年の無事は、ほぼ確証できるからです。その為の御霊を鎮める祭りが仏教化したのが、日本
の盆行事です。

 お盆の行事は、日本古来の「カミ祭り」と仏教の魂の救済の教えが一体となり。現在まで続
いているとか、とても床しい有り難い行事ではありませんか? 猛暑真っ盛りのなかのお盆行
事ですが、皆様心をこめてご先祖様をお迎えいたしましょう。先月の施餓鬼法要と草津温泉の
旅行の写真を掲載します。

施餓鬼法要

   
車窓から見た志賀高原 草津温泉湯元夜景

   
@鬼押し出し園からみた浅間山 A鬼押し出し園からみた浅間山

   
雲沸き立つ浅間山 浅間山遠景


合掌

平成24年7月31日

■まだまだ暑い秋彼岸――平成24年9月

 9月になりました。でもまだまだ暑いですね。日中は30〜35度の気温から逃れられそうにあ
りません。暑さはそのままですが、日が陰ると秋風が爽やかに、日没も確実に早く訪れてほっ
と心安らぐひと時です。

 さて九月は秋彼岸が巡ってまいります。今年はうるう年で毎年より一日早く、19日が彼岸の
入り、お中日(秋分の日)は22日となっていますが、例年の20日初日・23日秋分の日の記憶
が離れずに、間違ったら大変・・・とすこし緊張しています。
日本の祝日に関する法令によれば、春分の日は「自然をたたえ、生物をいつくしむ」秋分の日
は「祖先を敬い、亡くなった人々を偲ぶ」だそうですが、特に秋分の日の趣旨は、まさに現在の
彼岸そのもの。彼岸の中日を祝日にしたと言ってもよさそうですね。
「彼岸」はサンスクリット語の「パーラーミータ(波羅蜜多)」を語源とした「到彼岸(とうひがん…
悟りに到る)」と解釈されるそうですが、彼岸の7日間は日ごろの感謝をこめてご先祖様の供養
を行い、かつ多忙さと日頃の喧騒を離れて、自身の心を整えるために六波羅蜜の教えを実践
して、お釈迦様の「中道(ちゅうどう)」の教え(偏らない心・バランスのよい考え方)を保てるよう
に心がけましょうね。

 圓満寺ではご先祖様への追善供養のため、9月19日から22日正午まで秋彼岸法要を、併せ
て納骨堂合祀祭を22日午後におこない、圓満寺檀信徒の総回向の4日間といたします。どう
ぞ皆様お揃いでお参りくださいませ。また圓満寺の本尊様に御縁を志す皆様もどうぞお参りく
ださいませ。

※六波羅蜜
 布施…他人にものを施す
 持戒…身を慎む事 
 忍辱(にんにく)…他に寛容でありどんな困難にも耐え忍ぶ
 精進…たゆまず努力する
 禅定…どんな場合にも常に真実に心が定まる
 智慧…真理に目を向け、判断実行する

 また先月の万灯供養祭・・・沢山お参りいただいて有難うございました。あまり良い写真では
ありませんが掲載してみます。明治以前には盂蘭盆回向に使用されていた切子灯篭を万灯
供養の風物として掲げてみました。どうぞ写真でお楽しみください。

   


   


 お盆の始まりに先行して開催されたロンドンオリンピック、先月29日より開催されたロンドン
パラリンピック・・・それぞれ血をにじむ思いで日々精進鍛錬されたアスリートの言葉を紹介し
ます。
「ずっと諦めずに続けて来てよかった!」…寺川綾、「小さい時から五輪でメダルを獲るのが
夢で、夢はちゃんと叶うんだなあ、頑張ってきて良かったなあ。」…福原愛、「今日できないも
のは明日もできない。いつもそう思って毎日を大切にしてゆきたい」…三宅宏美、「康介さんを
手ぶらで返すわけにいかない!」…松田丈志、 、「このメダルを獲れたのも素敵な仲間と一
緒だったので、とても誇りに思う。」…宮間あや、「出場する選手は、出られない選手の分まで
感じていて,チームが熱くなります。チームと言うのは本当に素晴らしいです。」…澤穂希、「こ
のメダルを被災された東北の方々に捧げたい!」…室伏広治、「金メダルに負けない人生を
送ることが自分の役目、それを肝に銘じてしっかり精進したい。」…村田諒太、充実して精進
した大人の達成感、周囲との絆・感謝、仲間との連帯感や万感胸あふれる思いに、私たちも
感動で胸うたれる思いでした。まだパラリンピックのご紹介ができませんが、諸外国との摩擦
で日本国旗が粗末の扱われ心痛む毎日、選手の皆様には、心も体も健やかに精一杯の競
技に挑んで戴くよう、心からのエールをおくります。
頑張れ選手のみなさま!! ガンバレ日本!!!

合掌

平成24年8月30日

■ 私のシルクロード紀行――平成24年10月

 色々ご縁が重なって私のシルクロード旅行が実現することになりました。40数年前に20
歳そこそこの頃シルクロード探訪に憧れていました。すっかり諦め忘れてていた夢が実現
するとは…、でも体力がついていくかしら?とか、初対面の方たちばかりで仲間に入れる
かしら?とか,なんとなく私らしくなく、くよくよと、はたまた様子を聞くでもなく、お盆の忙しさ
があったり、ばたばた毎日が経過して前々日を迎え、「まあ、何とかなるよねー、でも仏跡
参拝やから数珠を持っていこう!」とか思いながら、慌ただしく出発してしまいました。

 団長さんは和田真乗僧正さま、副団長は森本光紹僧正さま、と雑誌「生き生き」の歩き遍
路の仲間の皆さんと私で総勢13名、添乗員は体力気力気配り満点の天倉さんと言う女性
との一行でした。私は…といえば、全く久しぶりの海外旅行、何事もおたおたして迷惑かけ
たなあ・・・と、思っています。

 8/31は北京到着、首都博物館で中国の美術品を鑑賞、素晴らしかったけど約1時間もう
少し時間が欲しかった。夕食後空路ウルムチ(新疆ウィグル自治区首都)へ、やく4時間の
飛行で深夜11時にホテル到着。

 翌日9/1は早朝7時前にホテル出発、ウルムチから国境に近いカシュガルへ空路出発の
筈だったのですが、飛行機の故障で今日は出発できない!添乗員さんと現地ガイドさんの
努力で4時間後の飛行機で出発が決まり(外国では良くあることらしい?)その合間にガイ
ドさんがウルムチのバザールを案内してくれました。ウルムチは人口180万人の大都市、
バザールは葡萄や西瓜、その他の果物、野菜やとうがらし、香料や鶏とかが、それぞれも
う山盛りで道端にあふれ、屋台が出ていたり、山盛り荷物を積んだリヤカーをひいた自転
車を運転していたり、日本人から見たら交通ルールは無茶苦茶で、とてもエネルギーにあ
ふれていて賑やかしい。ガイドさんに現地のナンや揚げ餅をごちそうしてもらい、とても香
ばしく美味しかった。4時間後にウルムチ(現地語で美しい牧場)からカシュガル(現地語
で砂漠のオアシス)へ飛行機で移動…、すぐに香妃(こうひ)の墓とも言われるエイテイガ
ル寺院(イスラム教のモスク)を訪れました。イスラムの特徴のトルコ石色のほか様々な
色彩に彩られた美しい寺院でした。古代の王であったアバク・ホジャの墓、現在も参拝が
絶えないモスク、イスラム教徒の敬虔な信仰に衝撃を覚える程でした。一日に5度の礼拝、
決められた時期に断食をする、神に喜捨をする、一生に一度はメッカに巡礼をする…イス
ラム教徒に課せられた義務だそうですが、「私はイスラム教徒です」と誇らかに話す、ガイ
ドさんに尊敬と羨望を覚えました。日本人は私も含めて他に「私は○○教徒」ですと、自分
から誇りを持って話せるかどうか??? それとガイドさんが嬉しいことを言ってくれました。

「ウィグル人は日本人が好きですよ。でも大きな声では言えません。」思わず中国の民意
が窺えるような言葉でした。カシュガルは雨が少なく乾燥地帯、タクラマカン砂漠の埃で太
陽がかすんで赤く見える程、ポプラ並木も土埃にまみれ市街地を離れると、土煉瓦の家が
立ち並んでいました。この日はカシュガルで宿泊。ホテル前の十字路に毛沢東銅像がの
立ち、隣国はキルギス・タジキスタン・西にはロプノールの核実験場…いかにも中近東に
近い要衝の地と見受けられました。

  


  


  


 第3日目9/2日早朝カシュガルから空路ウルムチへ…飛行機からの万年雪を頂いた山
並みの眺めは抜群でした。ウルムチからトルファンまではバスで長距離移動、ウルムチは
海抜680mの高原、目的地トルファンは海抜マイナス154mの海より低い盆地へバスで下
っていく旅でした。砂漠地帯には何千機?とも思われる風力発電機が連なり、雪を頂いた
天山山脈と共に中国の広大さを身近かに感じる眺めでした。途中カレーズ(地下水灌漑施
設)と葡萄園に立ち寄りました。万年雪の山脈から井戸を掘って砂漠に水を運ぶって、人
間の知恵と努力は素晴らしいですね。葡萄もとてもおいしかった。

  




 4日目9/3はトルファン観光、夜には夜行列車で敦煌へ…物凄い強行軍の旅やなあ…
とか思いながらホテル出発、バスから荒涼とした火炎山を眺めながら、まずはベゼクリク
千仏洞(高昌国の土煉瓦で作られた仏教遺跡)仏教寺院からイスラム寺院に変わり、風
砂被害とヨーロッパ各国や日本に遺蹟資料を持ち去られ、略奪にもあい、文化遺産は世
界に散逸しています。わずかに残った壁画や天井画を見学しました。次に高昌故…高城
昌国(玄奘三蔵法師が天竺に行く地中立ち寄った仏教国)の首都だった城壁に囲まれた
遺蹟で、日干し煉瓦でつくられた面積222万u、外城・円城・宮城に分かれていそたうで
す。ロバの車に乗っての学でしたが、元気のよいロバ、年老いたロバ見…ムチうたれたロ
バをいたわるような鳴き声が耳にしみました。城内の遺蹟には玄奘様が民衆に法話をされ
た場所などを見学して、仏教盛んな往時をしのびました。アスターナ古墳群(夫婦のミイラ
の眠る高昌国の墓遺蹟)交河故城も見学しましたが、ちょっと疲れたかなあと言う感じです。
 火炎山(西遊記にでてくるキンカク・ギンカクの話で有名)は本当に炎が立つように見え
る山…全長97q高さ911m、トルファン市内が40℃の時、火炎山は70℃になるそうです。
すごいですね。
 夜は夜行列車(もちろん寝台車)でトルファンから敦煌へ―その乗るまでが本当に凄か
った!! 鈍くさいのでおおきなトランクの扱いも悪く石ころ道を小走りでいくのですが遅
れてしまい、本当に迷子になるところだった。あまりに人が多くぎゅうぎゅう詰めなので、
呼んでもらっていても近付けない…最後はギュッと強引に引っ張ってもらって合流して、
命拾いしました。後はバッグが判らないとか本当に人騒がせをして、色々ご迷惑をかけま
した。中国の駅の人出は、テレビで見る春節の人出のような、まるで日本の終戦直後の
雑踏のような物凄さで、列車に乗るまでの駅構内も、ガイドさんが駅員とけんかのような
やり取りをして、ようやく改札をすませ、僧正さん方と天倉さんの気力体力でようやく列車
に乗り込むことが出来ました。夜行列車は色々とエピソードが多く、扇風機の調子が悪か
ったり、窓を開けていたので交差する列車の音が凄く単線なので4時間ほど遅く到着した
り、楽な思いをさせてもらっている筈なのに、やはり大変な一夜でした。旅行中添員の天
乗倉さんと現地ガイド・イザベルさんの活躍が凄く、特に天倉さんは、大柄な美人で勿論
言語も堪能なのでしょうが、大胆さと旅の要領を踏まえた機転の良さで私たちをリードし
てくれました。

  




 さて敦煌駅到着――旅行5日目9/4のはじまりです。敦煌市はゴビ砂漠に囲まれたオア
シス都市、祀連(きれん)山脈の雪解けの水を水源としています。莫高窟ばっこうくつは、高仏教僧が
鳴沙山の日の出に仏の存在を感じ仏像を刻んだのが始まりとされているそうで、AD360
年頃から1000年間造営され続けた洞窟寺院で492窟に仏像彫刻や壁画が存在して、世
紀の大画廊と称されています。団長和田僧正さまのご尊父さま和田秀乗先生のご紹介
で普段公開していない洞窟内も拝見でき、とても素晴らしい経験でした。洞窟内は保護の
ため、もちろん撮影禁止、ご紹介できないのが残念ですが(図録からの写真を少しご紹介
します)…。どういって表現したらよいか本当に美しい浄土の表現、宇宙全体に仏が満ち
て、救いの手を差し伸べる…このような世界があるのかと思う貴重な出会いでした。


  


  



 翌日6日目9/5は敦煌郊外観光…陽関・玉門関や漢代長城遺蹟の訪問…ゴビ砂漠に
ある中国と西域との関所が陽関・玉門関…匈奴他の周辺の騎馬民族が攻めてこない様
に設けた軍事拠点でした。地平線の向こうまで広がるゴビ砂漠、こんな僻地に派遣され
た関守はさぞかしさびしく心細かったことでしょう。もう一度敦煌宿泊で翌日は北京へ、ホ
テルに入って嬉しかったのがトイレがウオシュレットだったこと。朝食を日本食レストラン
で味わえたこと。最終日9/7は帰国便までの時間を縫って北京の胡洞見学、北京に残
った古い商業地域・住宅街の見学と最後まで、盛りだくさんに楽しませて下さる旅でした。
いよいよ最後に北京市街に時刻を知らせる鼓楼{ころう}に上り、急な階段でひるみまたし
が、お連れの皆さんに励まされ登り切りました。階上には時刻を知らせる太鼓が展示され、
北京市街が見渡されました。これで一路空港まで、団長さんはじめ仲間の皆様のおかげ
で旅を終えることが出来ました。

  


 帰国してから一週間後から尖閣問題が起こり、日本と中国が厳しい関係になってしまっ
たのは、残念なことです。テレビを見ながら感じるのは、中国はスケールの大きい、エネ
ルギーにあふれた国、しかし過去の文化大革命を思い出させるような、抑制のきかない
国民性、国家を背景にした執拗な圧力、魅力を感じ敬意を覚える一面、恐ろしげな国と思
うのは、私が心が狭いのでしょうか?とにかく騒動の前に帰国できてよかった!!!と思
うのが実感です。この度共に旅をして、助けて下さった皆様に感謝をこめて、私のささや
かな旅行記を終えたいと思います。ありがとうございました。


  


  

合掌

平成24年9月28日

■「新たなお知らせと十夜法要」よもやま話――平成24年11月

 十一月を迎えました。朝夕はめっきり冷え込んで、日中は吹き渡る風も爽やかに…と言
うよりも少し肌寒く感じられる毎日ですね。季節の移り変わりは早いもので、本当に晩秋の
佇まいたたずまいを感じさせるここ数日となりました。

 この記事を書いている今日は国民の祝日「文化の日」新聞に文化勲章の記事や勲章・褒
章の記事が掲載されていて、中には檀家さんのお名前が…「まあーよかったねー、本当に
おめでたいこと…」と思わず微笑みが出る一日です。十一月は菊にまつわる季節、菊薫る
季節とか申します。天皇家の御紋は菊の御紋、天皇様の礼装は「大勲だいくん菊花大綬きっかだいじゅしょう」を
つけておられるとか記憶しておりますが、勲章の名前も以前とは違っているようで、今はど
のように呼ばれるのでしょうね。

 菊にまつわる故事、菊の霊力で長寿を得る中国の故事や、重陽(ちょうよう)の節句に菊の
葉に真綿を置き宿った朝露で体を拭くと病を防ぐという故事があるそうですが、澄み渡った
青空のもと、咲き誇る大輪や懸がいの菊・小輪の菊などほかの花々にない独特の気品が
感じられます。でも菊はお葬儀や不祝儀の時に使われることが増えて、本来の美しさや床
しさを理解してもらっていないような気がして、残念でなりません。-ところで京都の門跡寺
院嵯峨御所・大本山大覚寺さん、とても典雅で美しいお寺…大沢の池があったり、大覚寺
さんだけの嵯峨菊の名所、華道嵯峨さが御流ごりゅうの家元さんですが、世の中が移り変わり、華道
が以前のように盛んでなくなったせいか、少しすがれたような、以前の輝きが失われたよう
に感じるのは、気のせいなのでしょうか?

 ところで十一月は大地の豊穣の季節ですね。日本はとよあし原水はらみず穂之国ほのくにと称され、(水が豊
かに稲穂がみのると言う意味だと思いますが)古来から、季節の収穫物を天地の神々にさ
さげ、天地の精霊と祖先に感謝する行事がありました。真言宗では五日ごにち三時さんじの法要と称し、
弘法大師空海様が亡き師恵果阿闍けいかあじゃさまへの報恩謝徳の法要を行ったのが、十夜法要の
始まりとされています。 圓満寺ではお大師様の報恩謝徳の行事にちなみ、11月22日十夜
法要をおこない、新米をささげてご本尊様はじめ天地の精霊に感謝して、ご先祖様への追
善供養を相務めます。

 22日は13時から本山布教師 才田亮舜僧正様の「三密さんみつ」私たちの心・言葉・行いの修業
のおはなし、14時からお十夜先祖供養法要を執り行います。22日は、圓満寺の道場で、多
忙な日頃を離れて、身も心も深呼吸して広々とゆったりと、のんびりとお話を聞くひと時を、
そのあとで、ご先祖様への気持ちも新たに感謝のお塔婆供養を申し上げましょう。どうぞ皆
様お誘いあわせの上お参りくださいね。

 それからもうひとつ新たなおしらせ…圓満寺のまえに路線バスが停車することになりました。
吃驚でしょう!!!私すごくびっくりしました。加古川⇔東加古川⇔土山駅南口の路線です。
野添北公園前の停留所ですか、なぜか圓満寺前です。1時間一便なのですが、どうぞご利
用ください。

路線バスの時刻表と運行図はこちら
合掌

平成24年11月5日

■錦秋の秋から大つごもりへ――平成24年12月

 あっと言う間に12月を迎えました。今年の晩秋は温度差が大きくて、あちらこちらで目を奪
うような錦秋の秋景色に出会うことができました。今年の嵐山は…東福寺は…永観堂は…さ
ぞかし素敵な眺めだろうなあと思いながら日々を過ごし、たちまち落ち葉の季節となって参り
ました。数年前に訪れた京都東福寺の紅葉は、燃え立つばかりの美しさで、さながら紅葉の
精が宿っているように感じられたのを記憶しています。去年は丁度良い時期に京都を訪れた
のですが、鮮やかな紅葉に出会う事が出来なくて、残念なことでした。
 紅葉の精と言うならば、歌舞伎舞踊での玉三郎さんの「紅葉狩り」…お芝居の名前を忘れ
たのですが、紅葉の精が美女に化けて人々を誘い、鬼女となって人間を食らう…やがて神意
によって退治される…と言うストーリーだったと思うのですが、高貴な女性が禍々しい鬼女の
変化してゆく魔性の美しさ、一生忘れられないような印象的なお芝居でした。私の中には燃え
立つ紅葉と玉三郎さんのお芝居が相まって、目に焼き付いた一場面となりました。この頃は
すっかり歌舞伎と、とりわけ玉三郎さんのファンになっています。

 さてさて落ち葉を踏みしめながら12月の話題を…2012年も残すところ20数日となってしまい
ました。今年の日本は政情不安…東北の地震津波被害はわきに押しのけられて、福島原発
事故の処理問題や将来にわたる原子力発電の停止問題、国際紛争になりかけている領土問
題・日本経済の国際競争力の衰退など、日本人の心を悩ませる問題が続きました。その中で
の年末総選挙、多党乱立で主義主張が共通だったり、一方異なっていたり、忙しいけれど良
く自分で見聞きして、日本人の為に働いてくれる政治家に投票したいものですね。
 
 さて、圓満寺の今年最終の行事は大晦日除夜の鐘法要、引き続いて2013年初春修正会法
要が年末年始にかけておこなわれます。毎年の話題で申し訳ありませんが、ちょっとご説明
を… 12月31日「大晦日」の夜更けには1年の間に受けた罪や穢(けが)れを払うために、宮中
や全国の神社でおお祓いはらいの行事が執り行われ、また全国の寺院では108つの煩悩を払うため
除夜の鐘法要がとりおこなわれます。煩悩とは「心を惑わし、身を悩ませる」ものを言い、鐘を
撞くことでこれらの煩悩を1つ1つ取り除いて、清らかな心でお正月を迎えようと、御参拝の皆
様に心をこめて鐘をついていただきます。
 また正月の行事の一つである大晦日は新しい年の穀物に実りをもたらし、私たちに新しい命
(年)を与えて下さるとし神様かみさま(お正月さま・ご先祖さま)をお迎えする大切な行事でありました。
 古来から、1日は夜から始まり朝に続くと考えられていた為、大晦日は既に新しい年の始ま
りでした。その為この日に縁起物である尾頭付きの魚を用いた正式な食事やお雑煮を家族揃
って食べると習わしとされています。これを「年越し」とか「年とり」とか称されています。
 年が明けて1月元旦から修正会法要が執り行われます。歳神様をお迎えして、2013年の除
災招福・家内安全・国家安穏・世界平和を祈願いたします。また修正会法要は古来は薬師悔過やくしかいか
法要ほうよう
大日悔過だいにちかいか法要ほうようと 称され、旧年に犯したさまざまな罪や行いを悔い改めて、新しい命の再
生を願い心を修正すると言う意味が強く込められた行事でした。さて今の日本人はどのような
心構えで新年を迎えたらよいでしょうか。

 ――昨日までの自分ではない新しい私、自分の心の再生を目指して前向きに生きる。ご先
祖様へ感謝して、少しでも人様のお役に立てる自分を作りましょう―これは私の思いですが
読者の皆様はいかがでしょうか。 では皆様より良き新年をお迎えされますように・・・。
大晦日修正会法要には皆様お揃いでお参り下さいませ。

合掌

平成24年12月3日