12月31日 23時45分〜
 除夜の鐘撞き始め
1月元旦 0:00〜
 修正会法要
1月 2日 10:00〜
 修正会法要
1月 3日 10:00〜
 修正会法要
1月24日 13:00〜
 初不動柴燈
   護摩祈祷法要

平成25年
■ 「明けましておめでとう御座います。――平成25年.癸巳(みずのとみ)元旦」 平成25年1月7日
■ 「お釈迦様に思いを寄せて ――平成25年2月」 平成25年2月4日
■ 「春彼岸の訪れ―――平成25年3月」 平成25年3月4日
■「春の訪れ――平成25年4月」 平成25年4月3日
■「今年の花祭り髪納め法要」ご報告――平成25年5月 平成25年5月7日
■「庚申大祭ご紹介と東北紀行」――平成25年6月 平成25年6月4日
■「施餓鬼法要にちなんで」――平成25年7月 平成25年7月10日
■「お帰りなさい」 お盆を迎えて――平成25年8月5日 平成25年8月7日
■秋彼岸に思う――平成25年9月 平成25年9月5日
■「日本人として」――平成25年10月 平成25年10月2日
■「十夜法要よもやま話」――2013年11月2日 平成25年11月2日
■「平成25年を振り返って」――平成25年12月 平成25年12月5日

平成28年
◆平成28年のよもやま話
平成27年
◆平成27年のよもやま話
平成26年
◆平成26年のよもやま話
平成24年
◆平成24年のよもやま話
平成23年
◆平成23年のよもやま話
平成22年
◆平成22年のよもやま話
平成21年
◆平成21年のよもやま話
平成20年
◆平成20年のよもやま話
平成19年
◆平成19年のよもやま話
平成18年
◆平成18年のよもやま話
平成17年
◆平成17年のよもやま話

■ 「明けましておめでとう御座います。――平成25年.癸巳(みずのとみ)元旦」

 明けましておめでとう御座います。本年も何とぞよろしくお願い申し上げます。
いよいよ2013年となりました。今年こそ希望に満ちた一年になってほしいですね…とはいうものの、
ここ数年円高とデフレーションで日本経済の疲弊が連続して、不況を止めることが出来ません。
日本の国力衰退に乗じて、隣国が日本の領土を伺うような動静が続き、とにかく物騒な世の中に
なりました。
しかし日本も政権交代となり、阿部政権の景気浮揚策が成功すれば、少し日本も明るくなるかなあ
と、ちょっぴり期待をこめてみています。そして何よりも東日本大震災の被災地復興、福島第一原
発の除染と廃炉を急いでほしい、津波被害に遭われた皆様や原発被害者の現在と将来の不安を
取り除く政治をしてほしいですね。
そして目立った協力の出来ていない私たちは、被災地ゴミを引き受けたり、震災復興増税に協力
しなければいけませんね。
それにしても、今年のお正月は寒いですね。ここ数年暖冬でおだやかなお正月でしたが、本当に
風が強くて冷たくて、少しずつ老いを感じかけた私は背筋がぞくっとして、ああ嫌だなあ…と感じて
しまいます。

 さて今年は平成25年癸巳年(みずのとみどし)蛇のとしですね。蛇は地神さんとしてお祀りされて
いたり、弁天さまのお使いともされていますが、干支の事はもう一つわからなくて、私が良いなあと
思ったお話を転載いたします。
――巳は十二支の第六番目。方位は南東の方角。時刻は現在の午前10時ころ。または午前9時
から11時の間。月では6月、動物は蛇に充てられます。ユニークな姿と驚くべき習性を併せ持つ蛇
は、古代より世界中の人々に崇拝されながらも、その一方で忌み嫌われもする矛盾に満ちた存在
でした。そしてこの二面性こそが、ほかの動物には見られない陰影に満ちた蛇の魅力ともいえる
でしょう。
昔から中国では、美人と強い男子は巳年生まれが多いと言われます。男性では、マハトマ・ガンジ
ー、毛沢東、」ジョン・F・ケネデイという世界史に残る政治指導者が巳年生まれです。
中国の字典「正字通」には、「巳(み)は終わりの已(い)なり。陽気すでに極まり、回復するの形な
り」とあります。巳の時は一日の半ばになろうとする時刻であるところから、物事の盛りの頃を意味
します。
 良きにつけ悪しきにつけ、物事や時代が一つにピークを迎えて終わりを告げ、新たなスタートを切
るのが巳の年といえるでしょう。それだけに、終わってみるまで何が起こるかわからない、気の抜け
ない年でもあります。古い殻を破って脱皮し、計り知れない生命力で再生を続ける蛇のごとく、しっ
かりした覚悟と果敢な勇気を持って、新しいステージへ踏み出す一年としたいものです。
――坂上雅子氏「干支のはなし」より




 追加で「癸(みずのと)」のご説明――
「癸(みずのと)」は十干(じっかん)の終わりなり。十年間をひとくくりして「十年ひと昔」と呼び、世
相は今でも十年サイクルで変遷するとされている。その十年の締めくくりを「癸」の漢字を用い、そ
の時に展開されている世の中の背景を、一字で描写している。
 では「癸」の漢字は何を表しているのか?象形文字だが原型は、持つ所と合わせて四方に刃の
突き出た武器である。従って「癸」は「兵(ぶき)なり。三鋒鉾なり」としている。ひと巡り十年の最後
の年と告げる為に、四つの刃が一巡すれば周辺はなぎ倒される武器の漢字を当て、また「兵」を
武器と読ませているのは、力(武力)をつかってでも十年と言う世相を終わらせる…どうも「癸」と
言う年は次の十年に移行するために、今までの十年を完全に終わらせる役割を担った一年である
らしい。2013年は何か荒々しい一年になりそうですね。

一年の始まりにとんでもない知識を得てしまったような思いも致しますが、どのような出来事が起
こったにしても、怯えずたじろがず、しっかりと大地を踏みしめるつもりで前を向いて生きていきたい
ものですね。
 一年のはじまりに、おめでたいお話でなくてごめんなさい。読者の皆様、相変わりませず私の
「よもやま話」にお付き合いくだされば、嬉しいです。本年もどうぞよろしく!!!

合掌

平成25年1月7日

■ 「お釈迦様に思いを寄せて――平成25年2月」

平成25年の2月を迎えました。2月3日は節分・2月4日は立春…暦の上では「春」を迎えます。


 お正月から節分にかけて、播磨の寺院や神社では鬼やらい・追儺(ついな)・鬼追いと称し鬼の
登場するさまざまな行事が行われます。
 日本の鬼追いの源流とされる中国の追儺の儀式は古くから行われていて『習礼(しゅうらい)』に
方相氏(ほうぞうし)という呪術師が黄金の4つ目がついた仮面を被って(かぶって)疫病鬼を追い
払ったとされています。日本には文武天皇(天武天皇の孫・大宝律令制定時代)の頃に伝わり、
やがて大晦日の宮中行事として定着し、「鬼は外、福は内」の掛け声とともに豆を撒き、鬼を追い
払う行事として現在まで伝わっています。早春の行事に登場する鬼たちは私たちの除災招福や
五穀豊穣の守護神として活躍する有り難い鬼たちのようですね。

 扨 『お釈迦様』 私共仏教徒の開祖でいらっしゃいますが、2月15日入滅された日を「釈迦涅
槃会」として、全国の仏教寺院でお祀りをいたします。
お釈迦様は人間としてうまれ、宇宙の成り立ちや人間のありさまを会得して、「大宇宙のなかの一
粒の命が、人としていかに生きたらよいか?」を説くリーダーとして生涯をささげられた方ではない
でしょうか。『涅槃』とは、人間界でやさしく生き方を民衆に説かれたお釈迦様が永遠の存在として
大宇宙に戻られた。
 お釈迦さまの教えは口伝てで民衆に説かれましたが、入滅された後、弟子たちが集まり(結集
(けつじゅう))お釈迦様の教えを編纂して木管に記したのが経典の始まりです。
仏教の大切な言葉の一つとして「仏・法・僧」と言う言葉を皆様ご存じではないでしょうか。「仏」は
宇宙の真理 、「法」は大宇宙の法則、 「僧」は仏や法の在り方を会得して、自分を整えながら
人々を導く人の意味ではないでしょうか?

 現在寺院やお坊様は一般的に良い印象を与えていないかもしれませんが、200年以上仏教が
受け継がれていることは、御仏の教えが人々の琴線にふれて代々の信仰を受けてきたと考えら
れます。
私共は少しでも皆様の御話し相手になり、仏教の教えを通じて皆様のお役にたちたいと考えてい
ますので、いつでもお声をかけて下されば有り難いと存じます。また少しでも仏様の御利益を受け
て戴きたいと、様々な行事を行っていますのでどうぞご参加くださいね。

 ちなみに1月末に行いました初不動柴灯護摩祈祷法要の写真を掲載いたしますので、どうぞ
ご覧くださいね。

   


合掌

平成25年2月4日

■ 「春彼岸の訪れ―――平成25年3月」

 三月に入った初日3月1日は春の嵐が訪れました。私は丁度淡路でご詠歌の講習会に出席して
いたのですが、雨風が激しくて、明石大橋は突風でちょっと怖いかなあ…と思えるほどの揺れでし
た。また、たちまち冬に逆戻りをして数日冷え込むようで、行きつ戻りつの季節の移り変わりは、と
ても床しい日本の良さかもしれませんね。

 扨、春彼岸の季節となりました。この度は申し訳ありませんが、高野山の布教資料の転載とさせ
ていただきます。
―――「暑さ寒さも彼岸まで」という言葉があるとおり、冬の寒さも春のお彼岸を過ぎると和らいで、
温かさを実感します。また夏の暑さも同様であり、秋のお彼岸を過ぎると少しずつ涼しくなってまい
ります。 春は春分の日、秋は秋分の日を中心にした一週間がお彼岸の季節となります。多くの方
々はこの時期にお墓参りをしたり、寺参りをして、ご先祖の供養をされるかと思います。
 わが圓満寺土山霊苑にも、この時期は駐車場がいっぱいになり、周辺道路もお参りに向かう車で
渋滞致します。こうした労苦をいとわずに、「お彼岸にはご先祖の墓参りに行く」という風習が残って
いることは、大変すばらしいことと思います。

 では何故お彼岸に先祖供養するのか。諸説ありますが一説には、春分と秋分は太陽が真東から
登り真西に沈むので、西方にあるといわれる極楽浄土に思いを馳せたのが始まりとも言われてい
ます。
 もともと彼岸とは「迷い苦しみのない安らかな境地」のことを指します。煩悩や迷いに満ちたこの
世を「此岸(しがん)」(こちら側の岸)と言うのに対して、迷い苦しみのない理想の世界を「彼岸」(あ
ちら側の岸)と言うのです。
 迷い苦しみのない安らかな世界に旅立ったご先祖様方に思いを馳せ、同時に自分たちもそうした
理想の世界に到達できるように修業をする。これが彼岸(彼岸会)と言う仏教行事であります。

 では、どうしたら迷い苦しみのない世界(彼岸)に到達できるのでしょうか?その為に大切なことは、
「対立を離れる」ことです。自分だけが得をすればいい、ほかの人はどうでもいい、と言うような対立
的な考えを捨ててしまう。そういう心境になれば、今生きているこの世界がそのまま安らかな世界、
彼岸になるのです。
――そうですね。自分の境遇をおおらかに受け入れて前向きに生きる、そのような日々の生き方が
彼岸の教えに通じるのではないでしょうか。

 先日死去された市川団十郎丈は「色は空 空は色との 時なき世へ」との辞世の句を残されたそ
うですが、既に死期を悟っておられたのでしょうね。南座顔見せ興行での「船弁慶」平知盛の怨霊か
ら義経をかばいきる弁慶の姿が圧巻でした。「芸は人、人は芸なり」との言葉が昔からあったと思い
ますが、団十郎さんはいつも「有難う」との感謝の人であったそうです。昨年亡くなった勘三郎さん、
団十郎さん、花のある舞台人は人間として魅力的、やはり彼岸の教えに通じる生き方だったのでは
ないでしょうか。この頃はひそやかな歌舞伎ファン…、すこしさびしくなりました。


合掌

平成25年3月4日

■ 「春の訪れ――平成25年4月」

 早咲きの桜を追うように暦も四月を迎えました。今年の桜は本当に早く見事に咲き揃って…。

 春彼岸の終わった先月27日いなみ野学園探訪クラブ活動で山口県の秋芳洞・秋吉台と萩方面
の旅行に参加してきました。1泊2日の旅でしたが、予報ではお天気が思わしくなくてバスが出発し
て間もなく雨模様となり、バスも遅れがちで秋吉台(カルスト台地の草原)の展望台からの見学は
キャンセルとなり、1日目は秋芳洞の見学のみとなりました。私も足がやばたいのですが、同行の
友人が私よりもっと足弱で皆さんに助けて戴いて、どうにか最後まで歩くことができました。
 秋吉台・秋芳洞は約3億5000年前海中のサンゴ礁から地球上に現れ、石灰岩と水の作用で現
在の大鍾乳洞とカルスト台地が誕生したそうです。私は20代の頃一度来ているはずですが、全然
覚えていなくて、屹立する柱、千枚田のような岩の重なり、流れ落ちる滝など、時間が凍結したよう
な不思議な造形の数々は私たちの目を見晴らせるような景観でした。出口は谷川と杉木立に囲ま
れて素晴らしい眺めとさわやかな空気に包まれて秋芳洞をあとにしました。

   


 翌日は日本海側に出て仙崎と萩の訪問となりました。お天気もすっかり回復して、海も凪いだよ
う…青海島からの眺めも素晴らしいものでした。すこし残念だったのが、仙崎は「金子みすずさん」
の故郷だったと聞いていたので、「みすずさん」の跡を訪ねる時間があったらもっと良かったのでは
ないかとおもいました。
 そして萩…萩は2,3年前友人と訪れた所だったのですが、やっぱりよかったですねえ…、維新の
里、萩焼の里、その上に桜が満開で、大きく育った松が見事で、夏みかんが爽やかに風に揺れて
いて、街角を歩くのも、旧武家屋敷を覗くのも本当にたのしみでした。そして松陰神社、…松下村塾
や,生家、松陰神社…時代を動かす思いもさるものの、ここでは親への思いを熱く感じて心が動きま
した。

   


 何か旅行ばかりしているようですが、4月1日には南無の会(圓満寺のご詠歌の会)のバス旅行・・・ 
 この日はすっかり快晴で、京都の東寺さんと嵯峨の大覚寺さんに参拝いたしました。南無の会全
員の参加で東寺さんの講堂と御影堂で般若心経とご詠歌をお供え致しました。東寺さんの講堂大
日如来さま。金剛般若菩薩様を中心とした如来さま菩薩様は荘厳で慈愛に満ちたお姿、不動明王
様を中心にした明王様たちはいかめしく恐ろしげで、いつもながら圧倒される思いでした。でも東寺
さんも桜が満開で・・・。枝垂桜の下で写真を撮ったりして、人出もほどほどで、もう少し時間があっ
たら一杯見たいところもあったのですが、心を残しながら、食事場所にむかいました。嵐山の渡月
亭さんでおいしい京料理を頂き、また嵐山でも見渡す限り桜の花盛りで、なんと良い時に出会えた
んだろうと感動でした。

   


 そして旧嵯峨御所の大覚寺さん、お寺なんですけど東福門院様の旧御座所だったり、寝殿造りで、
蔀戸(しとみと)があったり、右近の橘・左近の桜があったり、優美な佇まい(たたずまい)で、渡廊下
(回廊)も清々しくて床しい思いに包まれました。そして本尊様は嵯峨天皇様が奉安された般若心経
の御写経とされています。ですから旧嵯峨御所大覚寺は般若心経写経道場といけばな嵯峨御流の
道場として知られています。
 また境内大沢の池周辺の桜もみごとでした。写真を掲載いたしますのでご覧くださいね。


 今年年頭のよもやま話に、変革の年、波乱の年とか書きましたが、考えてみると伊勢神宮の20
年に一度の遷宮や出雲大社の60年に一度の遷宮で素晴らしい年ですね。また播磨地方では姫路
総社の20年に一度の三ツ山大祭が開催されています。近くでこんなお祭りがあったのに良く知らな
くて、残念と言うか、申し訳ないというか…三つの大きな置き山の上に神殿をつくり、本殿の神様が
御移りになって、日本中の神様を迎えて神様がたで祭礼をされ、御利益を戴いて日本のあらゆる災
厄を取り除く行事だそうですが、4月7日までだそうで、なかなか出向けそうにありません。今までも
機会もあったのに出会いがなくて、とても残念です。
 今月のよもやま話は、お花見の事ばかり書いていたようで、ごめんなさい。



合掌

平成25年4月3日

■ 「今年の花祭り髪納め法要」ご報告――平成25年5月

 5月に入り早いものでゴールデンウィークも過ぎ去ってしまいました。圓満寺周辺では、花みずき
がやわらかい赤と白の若葉に彩られ、また周辺は瑞々しい若葉が満ち溢れています。すこし爽や
かすぎますが、本当に心地よい季節ですね。

 圓満寺の庭園は牡丹が盛りを過ぎ、淀川つつじが盛りを迎えています、5月5日はこの上もない
上天気に恵まれて今年の『花祭り髪納め法要』を催すことができました。お釈迦様の生誕祭は旧
暦4月8日(卯月八日(うづきようか))とされていますが、当日はお釈迦様が誕生された北インドの
花園ルンビニー園の花とお釈迦さまのご誕生に天地が感動して甘露(かんろ)の雨を降らせた故事
にちなみ、花御堂(はなみどう)に居ます誕生仏(お釈迦さま)に甘茶を注いでお祝いを申し上げ、御
参詣の皆様に甘茶の御接待をさせていただきました。また甘茶は薬草で家の四方にそそぐと虫よ
け効果があるとか、甘茶水で墨をすり書道の練習をすると上達がはやいとかの、昔からの言い伝
えがあるそうです。


 お釈迦様の誕生供養と共に旧暦4月8日は東播地方では祖霊が還って来ると言う信仰がありま
すが、親戚や嫁入りした娘が実家に帰りご先祖の墓参りをする「花はじめ」の行事が現在もおこな
われています。我々のご先祖様は他界後、遺族の回向の心とお坊様のお経をいただき、仏様の導
きにより、浄土に迎えられます。年忌ごとのてあつい追善供養をいただいたご先祖様は50年の年
忌が明けるまでに現世での執着心や個性をすっかり洗い流して仏心そのものとなって宇宙や大自
然と同化して、山野に伏して山の神・田の神に変化します。
 卯月八日(うづきようか)の行事は山の神・田の神となられたご先祖霊をお迎えして、今年の五穀
豊穣(ごこくほうじょう)や家内安全のご加護を願い、また新仏様の愈々の成仏を祈願する行事です。
当日は山野から帰ってくる祖霊のために、天道花(てんとうばな)といってつつじ・しゃくなげ・卯の花
などを長い竹竿の先につけて庭の西隅に立てた柱を依り代(よりしろ)としてご先祖さまをお迎えしま
す。

 圓満寺の髪納め法要は皆さま各家のご先祖供養と共にここ一年間の新仏様の遺髪を供養して
髪塚にお納めし、お塔婆供養をして新仏様の菩提を弔う法要です。髪納め法要は四十九日まで
の法要と違い、一区切りして心新たにご先祖様をみおくる行事でありました。皆様沢山でお参りく
ださったので、新仏様もご先祖様もきっとお慶び下さったのではないかと、我々も安堵(あんど)し
でおります。写真を掲載いたしました。どうぞご覧くださいね。

   

   



合掌

平成25年5月7日

■ 「庚申大祭ご紹介と東北紀行」――平成25年6月

 六月、早々と梅雨の季節を迎えました。梅雨入りは5月28日私の感覚では例年より10日近く早い
ような気がいたします。梅雨空にはやはり水辺に咲く花菖蒲や垣根の紫陽花、涼やかな景色が恋
しいですね。
 さて今月の圓満寺は6月18日「庚申大祭・大般若経六百巻転読法要」を相務めます。庚申様が私
たちに忍び寄る病や災いを打ち払い、お釈迦様の説かれた有り難いお経が、あらゆる災厄が近寄
らぬように、ご加護をして下さいます。法要を勤められるお坊様たちが、私たちの祈願がご本尊さま
に届くよう大般若加持・炮烙加持をして下さいます。どうぞ皆様お揃いでお参り下さいね。

 先月私はいなみ野学園の卒業旅行で東北を訪問いたしました。旅行中梅雨入り前のあやかしい
空模様にも出会いましたが、とにかく楽しい旅行でした。私のつたない旅行記をご紹介します。

 5月24日快晴、待ち焦がれた「いなみ野学園42期生の卒業旅行」当日です。文化学科は東日本
大震災の慰霊訪問と、松尾芭蕉の紀行「奥の細道」の跡を訪ねる旅程となりました。
 機中から所々に残る雪嶺をみながら仙台空港に到着、空港の外壁約2メートルに残る津波の浸水
地点に思わず吃驚、バスの車中からガイドさんの説明を聞きながら、津波後の広々とした雑草地や、
やはり残る瓦礫の山、まばらになった防潮林を見ながら震災後の復興の大変さを思いやりました。

 まもなく松島到着…五大堂周辺からの海の青さや島影の眺めは格別でした。次に瑞巌寺への参
拝、境内はもともと鬱蒼とした杉木立だったそうですが、やはり震災の被害にあったとか、研修道場
をお借りして震災犠牲者慰霊の祈りを捧げました。瑞巌寺は平安初期慈覚大師円仁の開基、後に
臨済宗妙心寺派に変わり,伊達家菩提の寺院として大いに栄えました。本堂は平成の大修理中で
非公開、大書院でご本尊さま、正宗公位牌,開山祖師像などにお出会いしました。正宗公婦人の御
霊屋は本当に美しかったです。次は花巻市宮沢賢治記念館へ…
 宮沢賢治は、詩人・科学者・農業指導者、法華経信徒ほか、総合的な天才、情熱家、余りに偉大
すぎて近づきにくいなあ、「雨ニモマケズ」の詩人として理解していた私は自分の無知を顧みてショッ
クでした。このまま一路ホテル森の風鶯宿へ向かいました。




 さて2日目は少し小雨が落ちそうな曇り空を出発しました。岩手県の遠野ふるさと村、緑にあふれ、
何だかほっと憩える感じ、曲りやに上がり、語り部の女性から「おしら様」その他の昔話を伺い、村内
に八重桜が咲き残っていたり、山吹が咲いていたり、もっとゆっくりしたいのに時間がきてしまい、私
はとても残念でした。


 再びバスで平泉へ、平泉はまず世界遺産「中尊寺」参拝、奥州藤原氏三代の霊廟でもある金色堂
は本尊阿弥陀如来・脇侍は観音・勢至菩薩その他の諸仏の囲まれた善美をつくしたお荘厳…創建
当初の建造物で当初は覆い堂もなく、木立ちから燦然と金色堂が見えた時、当時の人々は極楽浄
土との出会いを感じたことでしょう。芭蕉の名句「五月雨の降り残してや光堂」を再び心に刻み金色
堂をあとにしました。中尊寺は天台宗円仁開基、本堂には伝教大師最澄以来の「不滅の法灯」が大
切に守られています。
 次に訪れたのは「毛越寺(もうつうじ)」やはり慈覚大師円仁開基のお寺です。芭蕉の句碑は「夏草
や兵どもの夢のあと」館で戦死した義経弁慶主従の故事が偲ばれます。毛越寺はとにかくスケー
ルの大きい寺院、伽藍は殆ど焼失して本堂は平成元年新築されたそうですが、とりあえず本尊薬師
如来さまに参拝しました。庭園は浄土式庭園として優雅な佇まいでした。中央の大泉ケ池の佇まい
が見事でした。常行堂(じょうぎょうどう)では延年(えんねん)の舞(まい)が古来から伝えられているそ
うです。

 三日目も雨の落ちそうなお天気でしたが、最上川下りに出発、船頭さんのユーモア溢れる説明や
美声の民謡を聞きながら,眺めを楽しみました。そして山寺立石寺…ここがメインかなと思うほどの
素晴らしさ、清々しさ、空気がおいしくて、霊気を感じて…残念ながら私は、足が悪いので途中まで
しか登れませんでした。根本中堂の薬師如来さまの御開帳にお参りし五色の紐に触れて、ご加護を
願いました。山寺も慈覚大師円仁開基、ここにも「不滅の法灯」が守られています。皆さん沢山の方
が頂上奥之院まで登られて、とてもご立派でした。山寺参拝が最後で、3日間雨模様に出会うことも
なく、文化学科一同無事で楽しく卒業旅行を終えることができました。有り難く感謝いっぱいの気持
ちで、私の小紀行を終了いたします。


   


合掌

平成25年6月4日

■「施餓鬼法要にちなんで」――平成25年7月

 空梅雨気味の6月が過ぎ7月を迎えました。梅雨とは言いながら高温で晴天の日が多く、時々局地
的な集中豪雨に見舞われたりして、なかなか気を抜けない天候が続いています。芭蕉の句に「五月
雨を集めてはやし最上川」とありますが、梅雨後半期の集中豪雨には注意が必要ですね。季語集に
よると「五月雨」の「さ」は「田の神」、「みだれ」は「水垂れ」、旧暦5月、新暦6月ごろに降る梅雨が「五
月雨」で夏の季語とされています。
 この時期の季語で発見したのは「半夏生(はんげしょう)」と言う美しい言葉…「半夏生」は二十四節
季・雑節の一つ、「夏至」から数えて11目頃にあたり、梅雨の末期で半夏(はんげ)またの名を烏柄杓
(からすひしゃく)と言う毒草が生える多湿で不順な頃とされています。農家の人達は、この日までに
田植を済ませ、どんな気候不順な年でも、この後は田植えをしない習慣があったそうです。半夏生の
頃には、天から毒気が降るとか、地面が陰読を含んで毒草が生えるという言い伝えがあり、この為
井戸に蓋をする風習があったとか、伝えられています。
 半夏生はドクダミ科の野草、濃い緑の葉の頂点に白い花が咲き、すぐの下葉の半分が白く変色し
ているので、この花の由来かもしれません。半夏生って可憐で清々しい花を想像しているのですが、
あまり良いエピソードがなくて,何だかかわいそうですね。

 さて お施餓鬼法要のお話…圓満寺では盂蘭盆棚経参りに先立ち、今月21日に施餓鬼法要を相
務めます。組寺の住職様や、青年教師方にお手伝い戴き、餓鬼道に苦しむ精霊のみならず、無縁
仏や三界萬霊(この世に存在するあらゆる精霊)に施しの法要を行い、あわせて御先祖さまの供養
を行うのです。

 お施餓鬼法要の由来は「仏説救抜焔口餓鬼陀羅尼経(ぶっせつぐばつえんぐだらにきょう)に説か
れた物語です。以下は「仏事Q&A」の抜粋を引用しました。
 ――お釈迦様ご在世の頃、常に御側に侍して多聞第一と言われた「阿難尊者」が修行瞑想中、焔
口(えんぐ)という餓鬼が表れて、阿難の命が三日で尽きること、死後は餓鬼道に墜ちることを告げら
れました。また餓鬼は阿難の問いに答えて、「この苦難から逃れるには、明朝無数の餓鬼とバラモン
(司祭者)に多くの飲食(おんじき)を供養しなさい。その功徳によりお前の寿命は延び、私も餓鬼趣(
がきしゅ)を逃れ、天上界に生まれ変わることが出来る」と答えました。
 しかし、そんなに多くの食事を一晩で用意することは出来ません。困った阿難尊者はお釈迦様に助
けを求めました。お釈迦様は、施餓鬼の陀羅尼(だらに)を示し「心配しなくても良い。この陀羅尼を
唱えながら食べ物を布施すれば、無数の餓鬼、バラモンに心のこもった供養をすることができるだろ
う。」と教えました。阿難さまはお釈迦様の教え通り餓鬼に布施を行い、無事に死を逃れ、餓鬼も苦し
みから救われたとのことです。
 限りない物欲を象徴しているのが餓鬼とされています。 そして阿難尊者が見たものは、自分の心
の中にある物欲にほかなりません。 自分本位に走り人を差別したり傷つけたりします。そこでお釈
迦様は、物欲に支配された醜い心を洗い清らかにする手段として布施の修業を勧められたのです。

 このように、私たちが生きてゆくうえで避けて通れない「物欲」を例えにして、「もの惜しみをせず」
人間らしく生きていく道を教えてくれるのが、お施餓鬼の法要なのです。私たちも「お施餓鬼法要」を
機会に、生きとし生けるもの、見えざる世界のものにも心を致し、感謝の心・布施する心を大切にす
る生き方をしようではありませんか。

 先月6月27日東日本大震災慰霊法要で宮城県を訪問しました。法要の有様と各地の慰霊訪問の
写真を掲載いたします。






合掌

平成25年7月10日

■「お帰りなさい」 お盆を迎えて――平成25年8月5日

 8月を迎えて、愈々お盆の季節がやって参りました。それにしても暑いですねえ…今年は6月に猛
暑の数日があって、記録的な猛暑の年の予感もありましたが、それよりもジメジメと蒸し暑く、寝苦
しい毎日が続いています。読者の皆様はお元気でお過ごしでございますか?

 実は7月に圓満寺にアクシデントが起こり…と申しますのは、突然住職が軽い脳梗塞となり、7月末
から入院となりました。幸い処置が早かったので後遺症もなく順調に回復していますが、お盆を迎え
て、お檀家の皆様にご不自由をかけることがないかと、ひそかに心配しております。
 8月に入り圓満寺ではお手伝い下さるお坊さん方がお泊りになり、食事の支度や電話の応対や事
務手続きとかで大忙しの毎日です。
とは申しながら圓満寺からの「よもやま話」・・この度は高野山からの「お盆のしおり」をご紹介します。

…お盆になると亡くなった人が帰ってこられる。日本人は古来より、そう考えていました。そして、家
族や親族は亡くなったご先祖さまとの久しぶりの時を共に過ごす。これが日本人が大切にしてきた
お盆の原風景ではないでしょうか。
 お盆は8月13日の夕方にお墓へお参りをし、提灯に灯をともし、迎え火を焚いて、ご先祖さまを家
へお迎えします。そして、御馳走を用意して、一年ぶりに帰ってきたご先祖さまをおもてなしし、15日
には送り火を焚いてお送りします。お盆のお供えは地域によって違いますが、御仏壇とは別に精霊
棚を設けてお位牌を祀り、さまざまなお飾りやお供え物をします。お棚の四隅に笹や竹を立てます
が、これはご先祖様の依り代と考えられていました。
 精霊棚には、お盆の間御膳を作ってお供えしたり、季節の果物やお野菜をお供えいたします。ま
た胡瓜やナスで馬と牛を作りお棚にお供えします。これはご先祖様が帰ってこられるときは馬に乗っ
て少しでも早くお帰りいただき、見送るときは名残を惜しむため牛にのってゆっくりと浄土にお帰り
戴きたいとの願いがこめられているそうです。また提灯はご先祖様が迷わずにご自分の家に帰っ
て戴く目印だったり、御霊がそこに宿っていただくという意味で飾られました。このようにお盆のお供
えや飾り付けは、あの世から還って来るご先祖様を丁重にお迎えし、その心が安らかであるよう祈
る気持ちから生まれてきたものです。

 「亡くなった人はどこへ往くのだろうか」多くの人が一度はそう思ったことがあるのではないでしょう
か。 仏教では亡くなった人は仏さまの世界に往くとされています。そこはもう生きている私たちの手
の届かない、遥か彼方の世界のように思うかもしれません。 けれども日本人は、亡くなった人はお
墓にも御仏壇にも、おいでになると考えています。また、お盆にともされた小さなお灯り(おあかり)の
中にも、私たちの記憶にも宿っておられます。そしてお盆になれば亡くなった人が帰ってきてくれる
と信じています。
 生と死、あの世とこの世、亡くなった人と残された私たち。決して触れ合う事のないと思われるこの
二つの姿が穏やかにぬくもりをもって交わってゆく。そこには懐かしいあの人に帰ってきてほしい、
心を通い合わせたいとの切なる願いが、込められているのではないでしょうか。

 私たちは誰もがやがて、あの世へ旅立つときが必ず訪れます。愛する人や大切なものと別れて独
り往かなければなりません。そこには大きな苦しみ、悲しみ、不安もあるでしょう。けれども、また帰っ
てくる場所があるなら、待っていてくれる人がいるならば、その旅立ちも違ったものになるでしょう。
 それは、ご先祖様を迎え、もてなし、ともに過ごすことが、いつか還ってくる自分の居場所を築くこと
になるからです。ご先祖様を大切にすることは、それによって今ここにいる自分自身も大切にするこ
とになるのです。往く者と遺されるものが見送り、見送られて生まれてきた無数のご先祖さま、その
限りない生命のつながりの中で生きている自分と改めて向き合い、ご先祖さまへ感謝し、その心が
安らかであるよう供養をする。それが日本人が大切にしてきた「お盆」です。
 親から子、そして孫へとつたえられてきたこの素晴らしいお盆の営みを大切にし、今年もまた「おか
えりなさい」とご先祖さまをお迎えしたいものです。

合掌

平成25年8月5日

■秋彼岸に思う――平成25年9月

 9月に入り間もなく秋のお彼岸がやってまいります。 8月のお盆参りの間は本当に暑くて暑くて、お
手伝い戴いている役僧さん達が、熱中症にならないかと心配する程でしたが、幸い何事もなく15日の
精霊流し万灯供養まで過ごすことが出来ました。ところが地蔵盆の24日前後からお天気が思わしくな
くて、日本各地が予想もしない集中豪雨に襲われ、洪水や土砂崩れのニュースがテレビ画面をにぎ
わせているのは、本当につらい悲しい出来事です。
 2日(月曜)には西日本の各地、この近辺では兵庫県の北播地方、丹波市や西脇・多可町のあたり
が大雨警報で避難勧告がでておりましたが、東日本は落雷や竜巻に見舞われ大変な大災害となり
ました。災害に遭われた皆様にこころからのお見舞いを申し上げます。さぞかし途方に暮れておられ
るでしょう。一日も早い復興をお祈りいたします。圓満寺も地震や津波・竜巻の災害にあえば、どの
ような結果になるかと考えると、本当に他人ごとではありません。公共の防災対策がもちろん必要で
すが、我々も自分たちが出来る防災対策に努めなければなりませんね。 

 さて、秋彼岸の季節―― 日本の法律では「亡き人を偲びご先祖を敬う…」七日間とされています
が、彼岸と言う言葉はインドの古い言葉「パーラミータ(波羅蜜多)」の完訳で「到彼岸」の略であると
言われます。つまり生死流転のこの世界(此岸)から、涅槃の世界(彼岸)に到る…と言う意味です。
日頃の自分を反省し、ご先祖さまに感謝し、何か良いことをしようという気持ちを持つ日、それが「彼
岸の七日間」とお考えください。
 お彼岸はお正月やお盆と違い、自宅にご先祖さまが帰って来られるわけではありません。ご先祖さ
まにより今現在の命を授けて戴いた私たちが、お浄土におられるご先祖様に感謝のお便りを届ける
大切な行事です。家族揃ってお墓参りをし、お寺さんでお塔婆供養をお願いして、ご先祖さまへ感謝
のお便りを届けて下さいね。そして

  ○いつもの自分から離れ、人の為に惜しみなく善いことをする。
  ○自分の心を整え社会のルールに従った過ごし方をする。
  ○悲しみ苦しみ辛い出来事に出会っても、物事の本質を見極めて困難に立ち向かう。
  ○最善を尽くして常に努力をする。
  ○どのような出来事に出会っても心を落ち着け動揺をしない
  ○真実を見極める智恵を持つこと。

 以上が仏様の悟りにつながる「六波羅蜜」のおしえです。お彼岸の七日間はご先祖さまへ感謝の誠
をささげ、自分を顧みる修業期間といたしましょう。
 勿論お彼岸だけではありませんよ!!!普段から感情や欲求に押し流される自分をコントロール
し、出来るだけ周囲に温かく、優しく出来る自分を少しずつ作り上げましょう。心やわらかく、心しなや
かに、けれども必要なことはきちんと発言して実行していきたいなあ…と、自問自答している私自身
でもあります。生意気なことばかり書きますが、どうぞお許しくださいね。
 圓満寺では9月20日(彼岸の入り)〜9月23日(中日・秋分の日)の4日間秋彼岸法要をつとめます。
どうぞ皆様お揃いでお参り下さいね。

追伸
 先月「よもやま話」で少し触れました住職の病気ですが、幸い後遺症もなく無事退院いたしました。
ありがとうございました。
先月の万灯供養の写真を掲載いたしますので、どうぞご覧ください。

   





合掌

平成25年9月5日

■「日本人として」――平成25年10月

 爽やかな秋風とともに、ようやく本格的な秋空が訪れてまいりました。 先月の仲秋の名月(19日)
も晴天で久しぶりに見事な十五夜の満月に出会う事ができて、やっぱり日本の風土は素晴らしい
なあ…と、ひととき庭に佇んで、うっとりと見とれてしまいました。

 さて10月…神無月、島根県では神在月と言うそうですが、今年は20年に一度の伊勢内宮・外宮の
遷宮と出雲大社の遷宮(60年に一度)が平成25年に同時に行われる記念すべき年となりました。
 20年に一度(伊勢神宮)とか、60年に一度(出雲大社)と言うことは、今まで関心があれば理解して
いたはずですが、子育てしていたり忙しかったりで、余り思いを致すことができませんでした。
 戦後教育を受けた私たちは、古代史といえば卑弥呼の世界…日本神話は教科書からはすっかり
消え去って、余りお出会いすることができません。しかしながら日本神話は歴史的根拠が少ないか
もしれないけれど、やっぱり日本人の心の原点…易しく読み下せる古事記物語などに接すると、何
か懐かしく、心和む心地を覚えます・

 日本各地を旅された西行法師が伊勢神宮を拝して詠まれた和歌に「何事の おわしますかは 知
らねども かたじけなさに 涙こぼるる」とあるそうですが、鬱蒼とした森に鎮まる清らかな佇まいの
御社をめぐり、本殿にぬかずくと、心あらわれ思わず厳粛な思いが満ちてまいります。大いなる存在
に包まれている畏怖の念…自分が何様でもなく限りなく小さい存在で、大いなる命に抱かれていか
されている…そう思える素直な心、謙虚な心に立ち戻れたら、素晴らしいと思うのですが、如何でしょ
うか?
 現在は若者が、パワーポイントを訪ねて、神社仏閣めぐりをしているそうですが、少しでも大自然
に宿る神々や御仏たちに親しんでくだされば、とても有り難いことだと思います。
 日本はその昔「豊葦原水穂の国」とよばれ、水に恵まれ大自然の幸に恵まれた美しい国土でした。
私たちのご先祖様は大自然に宿る神々や御仏たちを尊び感謝をして、祈る心を大切に日本の国を
守ってきたのではないでしょうか?

 日本は私の幼いころから思い起こすと、現在不景気だと言いながら、とても豊かな恵まれた美しい
国だとおもいます。しかしながら、自分はひとりで生まれてきたような、恵まれた暮らしが当たり前の
ような、不遇になれば、社会が悪い、周囲が悪い…そういう風潮が生まれてきているように思えてな
りません。秋彼岸の「よもやま話」で触れたように、ご先祖さまに感謝する、驕らずひるまず、謙虚に
生きる…そうすることが自分ながらの幸せにつながる道ではないでしょうか?

 私たちは、自分も含めて知らず知らずに傲慢な不遜な気持ちで日常を過ごしているように思えて
なりません。伊勢神宮・出雲大社の遷宮の年にちなみ、大いなる存在(神様・仏様)への畏怖の心、
感謝の心をわすれずに、常に謙虚な心を忘れずに日々を過ごしてまいりましょう。

   




合掌

平成25年10月2日

■「十夜法要よもやま話」――2013年11月2日

 十一月の訪れとともに一気に晩秋の気配が色濃くなってまいりました。一か月前の十月初旬は気
温が30度余りの暑さだったのに、こんなに季節が入れ替わるとは…、もっと穏やかな季節の移ろい
であって欲しいと、切に願いたいですね。それにしても十月は台風がいくつも発生して日本を襲い、
特に伊豆大島の皆様は大変な被害に遭われました。30名以上の死者がでて、まだ見つからない行
方不明者がいらっしゃるのは、本当に痛ましいことです。そう思いながらも、いつもお復興の手伝い
のために一歩踏み出せない自分が居て、申し訳ない気持ちで一杯です。心からお見舞い申し上げ
ます。

 さて11月の圓満寺は、20〜21日に高野山団体参拝、22日13:00より十夜法要を行います。
高野山参拝旅行は、往路に和歌山県橋本市の慈尊院(お大師様御母堂ゆかりのお寺)にお参りし
てから高野山に上り、所縁坊である蓮華定院に宿泊して、翌朝お大師様の御廟である奥之院参拝、
金剛峰寺本坊、根本大塔や金堂、御影堂などを参拝し、復路にみかん狩りをお楽しみいただきます。

 また十夜法要は22日金曜日13時より本山布教師・河合了宣僧正様の法話「四恩と四摂事への感
謝」を聞いていただき14時から「お十夜法要」を開始します。
 十夜法要は浄土宗で行われる十夜法要が有名ですが、私たち真言宗では正式には五日三時法
要(ごにちさんじほうよう)と称して、遠くは宗祖弘法大師空海様の師である唐の恵果和尚さまが、そ
の師である不空三蔵様の供養のため五日間三座の法要を行い、師への供養を行ったのが始まりと
されています。それに倣い、帰国後にお大師さまは京都高尾の神護寺に於いて弘仁13年12月13日
より五日間毎日三度の供養を行い、師僧への報恩感謝のまことをささげました。わが真言宗でも、各
寺院で秋の収穫物をお供えして五日三時法要(十夜法要)を行い、ご先祖様への追善の心をお供え
いたします。

 私たちは必ず逃れる事のない「死」を迎えますが、肉体は滅びても「心(魂)」は別世界に生まれ変
わり次の「生」を生きるとされています。仏教では「永遠のいのち」と「生々流転」が逃れることのない
宿命と説かれています。「生き続ける苦しみ」は絶え間ないものですが、視野を広く欲心をコントロー
ルすることも現世での「一つの知恵」、また、今は別世界の人となった故人を思い、安らかなお浄土
での生を願う『追善の心』を持ち続けたいものです。

 現在は日本人の思想から、仏教は少し隔てられていますが、古代においては仏教は国是の根幹
とされ、「篤く三宝を敬う」「和を以て尊しとなす」聖徳太子さまや、古代の朝廷は仏教の教えを大切
にまつりごとを行ってまいりました。聖武天皇・光明皇后の時代の遺品が正倉院に納められていま
すが、古代仏教にまつわるみやびやかな遺品に目を瞠りながら、御仏にまつわる人々の敬虔な思
いに触れることができました。またのどかに鹿たちが集う奈良の大らかな景色にも感動しました。
(10月30日いなみ野学園探訪クラブ旅行での感想です)
写真を少しご紹介します。

















合掌

平成25年11月2日

■「平成25年を振り返って」――平成25年12月

 12月に入り数日が過ぎました。今年は10月まで真夏の猛暑日が続いたり寒暖の温度差が大きく、
11月に入ると突然12月並みの寒さや。真冬並みの季節風が訪れたり…、秋には関東地方に竜巻が
襲来して、今まで予期していなかった天候異変に振り回された一年でした。

 それにしても慌ただしいですねえ…2013年も残り僅かとなってしまいました。
 25年年頭の「よもやま話」で「巳年は変革の年…」とかご紹介した覚えがあるのですが、日本をめ
ぐる韓国パクウネ政権の反日政策、中国の習金平政権の尖閣列島への示威行動。つい先日からの
防空識別圏設定など、日本を脅かすような対応には、国民として怒りや不信感を覚えずにはいられ
ません。度重なる示威や威嚇には日本人として負けたくありませんし、外交は武力を使用しない戦争
とか言われていますが、日本は内なる軍事力を保持しながら、媚びずへこたれず冷静に筋の通った
外交をして頂きたいものです。でも韓国や中国に抱いていた親近感がすっかり損なわれてしまった
のは、残念でなりません。
 また海外で、日本人が標的になったアルジェリア人質事件やトルコでの女子大生殺害事件など残
念な痛ましい事件が重なりました。素晴らしい人材が犠牲になっていること、それに連なる日本人の
マナーの良さなどを思う時、もっとフォローの体制があってもしかるべきと感じました。

 日本には東日本大震災の復興や原発事故の処理など本当に国を挙げて取り組む必要な問題が
山積しています。東京電力では事故が相次ぎましたが、先日ようやく燃料の取出しが開始されたニュ
ースが紙面をにぎわせました。何十年もかかる事故処理だそうですが、日本の技術力でやりおおせ
てほしいものですね。
 でも安部政権誕生後、黒田日銀総裁の金融政策もある程度功を奏して、日本経済も明るい方向
に向かっているのは有り難いことです。消費税増税が多少気になりますが…。それと「特定秘密保
護法案」が国会で審議されていますが、良く判らないですね。もっと慎重に審議してほしいものです。

 明るい話題としては、富士山が世界文化遺産に登録、2020年度に夏季オリンピックの開催決定、
和食も文化遺産として認められたのですかねえ…とてもうれしい話題です。私は住職に、頑張って
「東京オリンピックの開会式を見に行きましょう!」と提案しているのですが、実現できるでしょうか?
 他には、伊勢神宮式年遷宮、出雲大社遷宮式など記念すべき大切な式典がありました。

 また私事で恐縮ですが、住職が33年間続けて務めさせている民生委員活動の功により、秋の叙
勲で瑞宝単光章を拝受することができました。予期せぬことですが、まことに心嬉しくまた有り難く、
県での伝達式にのぞみ皇居での拝謁にお伺いしました。
 拝謁式には、皇后陛下はお出ましにならず、天皇陛下のみの拝謁式でしたが、それこそ慈愛に満
ちたご尊顔、謙虚な物腰など、親しくお声をかけて戴いた人々はさぞかし感激するだろうと、今更な
がら感じました。生まれながらに日本をせおっておられるのだなあ、日本の象徴にふさわしい方と感
じました。皇居は豪華でいかにも日本的な清らかなところでした。有り難い出会いをさせていただい
た事に感謝です。

 2013年も愈々押しつまって参ります。皆様ご多忙な毎日となるでしょうが、どうぞ御身おいとい下
さいね。
12月31日23時45分から除夜の鐘、修正会法要と続き新年を迎えます。1月2日、3日と修正会法要
が続きます。どうぞ大晦日除夜の鐘法要、初もうでにもおいで下さいね。

佳き新年をお迎えくださいますように。

合掌

平成25年12月5日