12月31日 23時45分〜
 除夜の鐘撞き始め
1月元旦 0:00〜
 修正会法要
1月 2日 10:00〜
 修正会法要
1月 3日 10:00〜
 修正会法要
1月24日 13:00〜
 初不動柴燈
   護摩祈祷法要

平成27年
■ 明けましておめでとうございます。――平成27年1月 平成27年1月9日
■ 遅くなりました2月「よもやま話」――平成27年2月 平成27年2月17日
■ 「春彼岸を迎えて」――平成27年3月 平成27年3月16日
■ 4月を迎えて「よもやま話」――平成27年度4月 平成27年4月8日
■ 「若緑に包まれた高野山開創1200年記念法要」――平成27年5月 平成27年5月12日
■「庚申大祭と大般若経六百巻転読法要ご案内」と『弘法大師青葉祭』にちなんで――平成27年6月 平成27年6月8日
■「お施餓鬼の心」――平成27年7月 平成27年7月16日
■「平成27年のお盆によせて」――平成27年8月 平成27年8月6日
■「曼珠沙華に聞く彼岸のこころ」(高野山教報より抜粋-)――平成27年9月 平成27年9月7日
■「白鳳」の仏との出会い――平成27年10月 平成27年10月13日
■「秋深まりゆく日々……お十夜の季節」――平成27年11月 平成27年11月9日
■「平成27年を振り返って」――平成27年12月 平成27年12月9日

平成28年
◆平成28年のよもやま話
平成26年
◆平成26年のよもやま話
平成25年
◆平成25年のよもやま話
平成24年
◆平成24年のよもやま話
平成23年
◆平成23年のよもやま話
平成22年
◆平成22年のよもやま話
平成21年
◆平成21年のよもやま話
平成20年
◆平成20年のよもやま話
平成19年
◆平成19年のよもやま話
平成18年
◆平成18年のよもやま話
平成17年
◆平成17年のよもやま話

■明けましておめでとうございます。――平成27年1月

 新年明けましておめでとうございます。とても冷え込んだ大晦日から正月三が日でしたが、恙無く
新年を迎えることができました。読者の皆様におかれましては、各ご家庭に歳神さまをお迎えされて、
新たに心改まり、めでたく新春をお迎えされたことと、お慶び申し上げます。

 さて平成27年は西暦で申しますと2015年となりますが、古来からの暦法による 「干支(えと)」 から申しま
すと、今年は 「乙未(きのとひつじ)」 と呼ばれるそうです。
 しかし そもそも「干支」はどう言うものでしょうか? 「干支」は 「十干(じっかん)」と 「十二支(じゅうにし)」 を組み合わせたも
ので、2015年の場合、十干は「乙(きのと)」、十二支は「未(ひつじ)」なので干支は「乙未(きのとひ
つじ)」ということになります。
 では「十干」とは…古代中国の 陰陽(いんよう)五行(ごぎょう)思想(しそう) によるものとされていますが、古代人の考えた宇宙
の構成要素 「もくごんすい」 五行思想に陰陽(兄弟・えと)二つずつを組み合わせて
甲:きのえ(木の兄)  乙:きのと(木の弟)
丙:ひのえ(火の兄)  丁:ひのと(火の弟)
戊:つちのえ(土の兄)  己:つちのと(土の弟)
庚:かのえ(金の兄)  辛:かのと(金の弟)
壬:みずのえ(水の兄)  癸:みずのと(水の弟)
 …末尾が「兄(え)」は「陽」、末尾が「弟(と)」は「陰」を表し、また「えと」の呼び名はこれに由来する
とされます。
 では次に「十二支」とは何を意味するのでしょうか? 十二支も古代中国で生まれたもので、それぞ
れの方角の記号として、動物の名をつけたのが始まりと言われています。
十二支にも「陰」「陽」があり
陽 :  子(ね) 寅(とら) 辰(たつ) 午(うま) 申(さる) 戌(いぬ)
陰 :  丑(うし) 卯(う) 巳(み) 未(ひつじ) 酉(とり) 亥(い)
十干と同じく「陽」と「陰」が交互になっていることがお判り頂けるとおもいます。
 以上の十干十二支の組み合わせにより、最初の甲子(きのえね)から始まり60種類の干支が巡っ
てまいります。「干支」が一回りして再び同じ干支が巡ってくるのを「還暦」と称します。

 さて2015年(平成は27年)は未年で住職と私は年男・年女となり今年中に満72歳をむかえます。
そこで未年の説明をもうちょっと…。
 未の方位は南南西、未の刻は午後2時及びその前後2時間、未(羊)の特徴としては群れをなして
行動するため、家族の安泰や平和をもたらす縁起ものとされ、性格は穏やかで温かく優しい。また
正義感が強くまじめだといわれています。
 また「未」という字は、枝が茂っている木の形で、未だ枝が伸びきっていない部分を描いたものだと
されていますが、本来の読みは「み」未来・未熟・未明・未満の言葉につうじます。
 「羊」と言う字から見れば、ヒツジを正面から見た時の角と上半身を現した形で「羊」を表し、また後
ろ足までの全体を現したかたちで「美」を表現しているとされています。未は古くから家畜として親し
まれた為か、羊がつく漢字が多く,祥・翔・義・羨・善などのよい意味の漢字に使用されています。

 上記の原稿をかくために各方面から転載させていただきましたが、干支については知識が乏しくと
ても良い勉強をさせていただきました。
 今年は年回りからいえば精彩を欠く年?かもしれませんが、日本人が、天災や事故も少なく被災
地が復興して、民意も生活も穏やかに、また世界が平和でありますよう願うばかりです。

 最後になりましたが、1月25日は恒例の初不動柴灯護摩祈祷法要でございます。不動明王さまの
降臨を仰ぎ、皆様の厄除け家内安全を祈願する法要でございますのでどうぞ皆様お揃いでお参り下
さいませ。
読者の皆様の一年の平安をお祈りして――合掌

  

合掌

平成27年1月9日

■遅くなりました2月「よもやま話」――平成27年2月

 平成27年も立春が過ぎ,今日はお釈迦さまの涅槃会に当たります。円満寺は先月の初不動柴燈
護摩祈祷法要を済ませて後、ただいまは別棟増築部分がようやく完成し毎日引っ越し作業を継続
中です。
 私達が円満寺を引き継いでから早いもので30年が経過いたしました。周囲の皆様のお力を得て
何とかがんばって新生「圓満寺」に皆様をお迎えたいものです。

 今日は何を皆様にお届けしてよいか迷いながらこの「よもやま話」を書きはじめていますが、今年
は凶暴なテロ集団イスラム国による湯川さん・後藤さんの人質殺害事件により、日本国全体が、深
い悲しみと将来に対する不安憂慮に包まれましたが、あるジャーナリストの発言「踏み出すのも勇
気、踏みとどまるのも勇気」を心に留め、後藤さんの生前の功績をたたえながら、お二人のご冥福
をお祈りします。

 また周期的に襲ってくる寒波の為に、北海道と北日本や日本海側の各地にお住いの方々が大雪
の被害で、それぞれ大変な思いをされているように拝察いたします。ここ東播磨は大雪やそのた天
候の被害も少なく、本当に暮らしやすく有り難い土地ですが、寒波襲来の数日は心も体も縮めやす
く、よろしくないなあ…と反省しつつ、心から「春の訪れ」を待ち望む毎日です。

春の訪れを祈念して、銀閣寺花方を務められた「珠寶」師の作られた詩と花をご紹介します。

「梅の偈」  雪は地上の汚れをはらしてくれる。
        その白の中に観る梅は、 紅梅ならいっそう美しい。
        雲ひとつない冴えた青空。
        その青の中に観る梅は、 白梅ならいっそう美しい。
        紅白のするどい若枝は、 虚をつきぬけて天を破り出る。

いなみ野学園講堂前のほころびかけた梅のつぼみもご紹介します。私達も梅のごとく香り豊かに
凛とした、心と生き方をしたいものです。


  


合掌

平成27年2月17日

■「春彼岸を迎えて」――平成27年3月

 今年の冬から春への移り変わりは、温かい日々が数日、低気圧が2・3個集まって北海道東方に
発生する爆弾低気圧、急激な暴風雪や大雨がおそってきて今度は日本列島が真冬の寒さに震え
あがる…その繰り返しだったように思います。
 本当に寒かったですねえ・・・今朝ほども庭の水鉢に氷が張っていたような、そんな毎日の繰り返
しです。よもやま話にお付き合いくださっている皆様はお元気でいらっしゃいますか?

 そうこうしている間に春彼岸の季節が訪れてまいりました。皆様への御案内が遅れてしまいました
が、圓満寺では8日からお手伝いのお坊様が檀家さんのお彼岸参りを手伝って下さっています。
 そして21日春分の日を中日として、前後3日間(18日から24日まで)を春彼岸と称します。

 お彼岸は季節を表す言葉ではありません。お彼岸とは、私たちが住んでおります迷い多いこの世
此岸しがんに対し、迷いのない理想の世界「極楽浄土」を ()(きし)彼岸(ひがん)と読んでいます。
 またお彼岸の中日春分の日には太陽が真東から出て真西に沈みますが、太陽が真西に沈む方
向のはるか彼方に阿弥陀様の西方極楽浄土があるとされています。
 日本の浄土宗開祖・法然上人と真宗・親鸞上人に影響を与えた中国の高僧・ 善導(ぜんどう) があらわした
観無量寿経疏(かんむりょうじゅきょうそ)」 によれば「その日は太陽が真東に出て真西に沈み、阿弥陀仏の国は日没の頃真
西の十万億刹(じゅうまんおくせつ)の彼方にある」と書いてあり、それが日本のお彼岸の原点といわれています。

 人間にとって「彼岸の世界・悟りの世界」というものは、喜怒哀楽私利私欲の日常の中に訪れる、
ふっとした瞬間に訪れる、「優しさ」とか「人の心を思いやる」「感謝の心を持つ」とかが導入口ではな
いでしょうか?
 諺に「暑さ寒さも彼岸まで」と言われるように、暑さ寒さも和らぎ私たちの心に余裕のできるこの時
期に家族揃って仏様への礼拝、ご先祖さまへお墓参りやお寺詣りを行えば、必ず心豊かな毎日を
御導き頂けることでしょう。


 扨 話はかわりますが、私は高齢者大学「いなみ野学園」大学院に在学中ですが、卒業時に提出
する終了レポート「奈良お水取り私考」を準備しています。その為3/6〜3/8奈良へ出向き写真とか
資料あつめをしてまいりました。
 お水取りと呼ばれて親しまれている行事ですが、二月堂修二会(にがつどうしゅにえ)十一面(じゅういちめん)悔過(けか)法要(ほうよう)」が正式名称と
されています。 これは年の初めにあたり、十一人の選ばれたお坊様 (練行衆(れんぎょうしゅう))が万民を代表して、
自身の煩悩や思わず犯した罪障を懺悔し、十一面観音さまに鎮護(ちんご)国家(こっか)天下(てんか)泰安(たいあん)風雨(ふうう)順時(じゅんじ)五穀(ごこく)豊穣(ぶじょう)万民(ばんみん)快楽(けらく)、要するに人々の幸福を願い、大変な行をされると聞きました。
 どうしてお松明(たいまつ)が有名なのか?十一名の練行衆が 初夜(しょや)修法(しゅほう)(19時頃)のため二月堂の階段を
上る足元を照らす松明が人々の信仰を集めたそうですが、もう一方の「おみずとり」の謂われは修二
会法要に日本国中の八百万の神々をご招待したところ、おひとかたの神 (遠敷(おにゅう)明神(みょうじん))が遅刻をされ、
お詫びのため修二会法要に神水を供養される約束をし、ただちに二月堂の井戸に清水が湧きだし、
その清水を毎年本尊様にお供えする故事によるそうです。
 一杯書くことがあるのですが、今月はおしまいです。






合掌

平成27年3月16日

■4月を迎えて「よもやま話」――平成27年度4月

 年度が変わり、平成27年度となりました。今年の春彼岸の期間はお葬式が例年より多く多忙な半
月間を過ごしましたが、その間にビッグニュースでもないのですが、とにかくほんわかしたニュース
がありましたので、ご披露いたします。
 3月春彼岸最中に関西テレビからお茶の間情報番組「ヨーイドン」の取材があり、圓満寺はてんて
こ舞いの最中だったのですが、「円広志さんが播磨町の取材途中に圓満寺に立ち寄る…かもと??
?―― 半信半疑ですごしていたのですが、本当に円さんが来たんだそうです。私は出会っていな
いのですが、円さんが実際に立ち寄ってきたのに吃驚しました。
 3月30日の番組内に放送されて、五重塔がきれいに撮影されていたのと、法印さんが少しだけで
もテレビに映ってお話していたので、とても満足いたしました。

 春彼岸の終わりと共に、世の中は一段と春めき3月27日には改修工事の終わった姫路城がグラ
ンドオープンしました。今が西の丸公園のソメイヨシノが満開でさぞかし見事なことでしょうね。圓満
寺周辺の桜も見事に咲き揃いました。

  

  

 さて4月2日から5月21日の期間で高野山開創1200年法要が始まりました。わが真言宗の高祖
弘法大師空海様が、「この世を生きながらの浄土へ」のご誓願と、真言宗の教えを弘めるための「弟
子の養成」「ご自身の禅定」を願い高野山に礎(いしずえ)を築かれて1200年が経過しております。
 この法要はお大師様から始まり、1200年を経過しても、人々に支持され信仰されているお大師様
の教えを大切に伝え、更に親しまれるように願いを込めてひろめ、この世が豊かに安らかに、人々が
平和な暮らしが過ごせるよう祈願をこめた法要です。
 4月2日の高野山開創1200年記念開白法要・中門落慶法要には住職も招待を受け参列してまい
りました。天候にも恵まれ華麗にまためでたく有り難い法要であったそうです。中門落慶の為に土地
を踏み固めることを祈念して、横綱の土俵入りが行われ、めでたく中門基盤の基礎固めをすませた
そうです。

  

  

  

 めでたく開眼された中門をくぐり中西管長猊下を中心に職衆が金堂前で庭の讃、引き続いて金堂
内本尊薬師如来さまご宝前で理趣三昧法要とつつがなく法要がおこなわれ、私はその場に居たか
ったなあ・・・と、とてもうらやましく感じました。

 圓満寺からも22日播磨支所主催の開創法要に参列するため、高野山団参を行い、総勢48人も
の皆様が参拝する予定です。とても楽しみにしております。5月の「よもやま話」にはお土産話を掲
載できたら良いかなあ…と思っています。

合掌

平成27年4月08日

■「若緑に包まれた高野山開創1200年記念法要」――平成27年5月

 愈々高野山開創1200年記念法要が始まりました。
たしか5年程前から平成27年には高野山開創法要がある…と思いながら聞きながら月日が経過し
てゆき、愈々去年頃から各地で様々に「お待ちうけ法要」を重ねるうちに気運は徐々に盛り上がって、
4月2日には開白法要、中門を建立して落慶法要がはじまりました。
 「あおによし」の言葉に形容されるような、まあ中門の美しいこと、本当にお大師さまのご遺徳に感
動し、御めでたい行事が巡ってきた、お出会いできたと感じられる今日この頃です。

 4月2日の(かい)(びゃく)法要(ほうよう)には住職もご招待を受けて参列いたしました。圓満寺とご縁のある中西啓寶
管長猊下が御導師さまであられることも大きな喜びです。新建立の中門の地盤固めとかで、横綱白
鳳・日馬富士が土俵入りを行い、慶祝モードを高めました。
 金堂ご本尊薬師如来様はじめ各諸尊、もちろんお大師さまもさぞかしお慶びくださったことでしょ
う。御天気が良かったことも最高のプレゼントでした。






 これから5月21日まで50日間法要が続き、各支所各団体、また真言宗各本山が主催して,慶讃法
要が執り行われます。4月22日には播磨支所の御当番の法要が行われ、支所の役員はじめ、各ご
住職方、青年教師その他の皆様が出仕して、声明(しょうみょう)調(しら)べも、(うるわ)しくとてもめでたい、有り難い法要
でした。播磨から団参の参詣者が金堂からあふれるほどで、とてもにぎにぎしい出会いの場となり
ました。
 この度は圓満寺の住職が脇導師を務めるため、圓満寺からも48名団参でお参りさせていただき
ましたが、高野山上はまだ山桜や八重桜が満開で、浅緑の若葉に包まれた眺めは本当に私たちを
楽しませてくれました。
 この度ご開帳された高村光雲作の薬師如来さまは、長らく秘仏でいらっしゃったためか、木肌の色
も鮮やかに、もっと仏様に近付いてお姿をもっと見たいのに見られないと言うか、じれったいと言うか
…仏様の御手に繋がっている五色の紐をたよりに「ありがとうございます」とお唱えするしか、ありま
せんでした。

 法要後には金堂後ろの根本大塔にお参りして、大日如来さまを中心にした 五智(ごち)如来(にょらい)十六(じゅうろく)大菩薩(だいぼさつ)
の立体曼荼羅を檀徒の皆様にご説明をいたしました。皆様一応聞いてくださったのですが、とても
理解まではいたりませんね。
 帰りには霊宝館で聾瞽指帰(ろうごしいき)諸尊仏ー(しょそんぶつがん)飛行三鈷(ひこうさんこ)(しょ)や美しい孔雀明王・あどけなさと力強さを併せ
持った八代童子像などを拝観しました。でももう少し時間があったらとちょっぴり残念な思いで帰っ
てきました。

 5月5日は恒例の花祭り髪納め法要…新仏様のご家族がたくさんお参りされました。お釈迦様が
新仏様ご遺髪を受け取って下さり、御救い下さることでしょう。
 6月25日には圓満寺のご本尊庚申様のお祀り、「庚申大祭・大般若経六百巻転読法要を相勤め
ます。どうぞお参りくださいませ。

合掌

平成27年5月12日

■「庚申大祭と大般若経六百巻転読法要ご案内」と『弘法大師青葉祭』にちなんで
――平成27年6月    

 6月に入り紫陽花が濃く薄く梅雨空に映える季節となりました。今年は弘法大師さまが高野山を
開創されて1200年目にあたっていて、記念法要は本年4月2日〜5月21日の50日間開催され、 大成功裡(だいせいこうり)に無魔成満されました。私も含め真言宗門徒としては、とても喜ばしい限りです。

 記念法要は終わりましたが、平成27年はご開創1200年にはちがいありませんので、次々と記
念イベントは開催されて、まことにおめでたいことです。
 毎年の事なのですが、高野山ではお大師様のご生誕をお祝いして青葉祭が賑やかに行われるよ
うです。お大師様の誕生日6月15日には、前日からの記念イベント、当日15日には大師教会での
弘法大師生誕法会に続き、花御堂行列、稚児行列や大師音頭の行列など山内挙げて賑やかにお
祝いを申し上げます。私は、青葉祭に参加したことはないんですが、きっと楽しい行事なんでしょう
ねえ…。

 ちなみに簡単なお大師様のご一代記をご紹介すると
○宝亀5年 6月15日讃岐の国屏風ヶ浦(香川県善通寺市)でご生誕。幼名を佐伯真魚と名付く。
○幼少期より仏心篤く、また英明の誉れ高く将来を嘱望されて18歳で都の大学に入学する。
○仏教の教えに強くひかれた大師は「聾瞽指帰(ろうごしいき)」 「三教指帰(さんごうしいき)」を著し出家宣言を行い、 私度(しど)(そう)とな
り山野で修業に励む。また修業中には 虚空蔵(こくうぞう)菩薩(ぼさつ)求聞持法(ぐもんじほう)を会得、また大日経に出会い、密教
への求法の意志を固める。
○大師31歳時、遣唐使の船に同乗して、入唐求法の旅にでる。長安にて恵果阿闍梨に師事、直
ちに金剛界・胎蔵界の灌頂を授けられ、密教の全てを会得してその後伝法灌頂を授けられ、密教
の正式継承者となる。真言宗の教えを早く日本に伝えよとの恵果阿闍梨の教えにより、その後た
だちに帰国する。
○日本への真言密教渡来。帰国後は嵯峨天皇の庇護もあり、伝教大師最澄との交流、大師の文
化的活動による平安貴族の支持も得て、順調に布教につとめる。
○四国八十八ヶ所札遍路などを通じて布教活動、弟子の養成、満濃池などの土木事業著作活動、
書などの文化活動を通じて真言宗を弘め、高野山を真言宗根本道場として816年(弘仁7年)に
開創する。
○弘法大師の教え 「同行(どうぎょう)二人(ににん)」、 「自利(じり)利他(りた)」 「(みつ)(げん)国土(こくど)」 をめざし根本大塔を教えの中心とする。
○承和2年3月「ご入定」未来永劫人々の救済の御誓願により、今も奥之院におわします。

◎ 圓満寺行事の紹介があとになってしまいました、6月25日(庚申(かのえさる))13:30〜庚申大祭・大般若経
六百巻転読法要をあい務めます。
 庚申大祭のご本尊 青面(しょうめん)金剛(こんごう)(そん)は人間の体に潜む三尸(さんし)の虫を退治して病を防いで下さる仏様で
す。かたや大般若経六百巻転読の御利益は禍を防ぎ私達に幸せをもたらす有り難い福をもたらす
とされています。
 皆様方へは厄除の 「ご幣(ごへい)(さる)」や 「厄除(やくよけ)蒟蒻(こんにゃく)」、 五色の(ちまき)などをお授け致します。
どうぞお参り下さいませ。お待ち申し上げています

合掌

平成27年6月8日

■「お施餓鬼の心」――平成27年7月

 どんよりとした梅雨空のもと、日を過ごしている中に祇園祭が近づき、たちまち圓満寺の盂蘭盆
施餓鬼法要が迫ってまいりました。毎年同じような記事を書いていますが、とりあえずのご説明…。

 お施餓鬼が何時ごろ始まったかは定かではありません。伝承によれば、お釈迦さまのご在世中、
十大弟子中多聞第一といわれた阿難尊者(アーナンダ)さまは、座禅瞑想中目前に(えん)()餓鬼(がき)という
恐ろしい姿の鬼が現れ、「お前の命はあと3日しかないぞ」と告げられました。阿難さまは非常に驚き、
この鬼にどのようにすれば助かるのか?と尋ねたところ、「沢山の食べ物を用意して、一切の餓鬼に
施し、仏の教えを聞かせてくれれば、お前も餓鬼も共に救われ、お前は長命出来るであろう!」との
言葉を残し、餓鬼は消え去ってしまいました。困り果てた阿難さまは、お釈迦様に教えを請い、施餓
鬼のための祈りの言葉(陀羅尼)を唱えながら食物を布施する法要を務めた結果、多くの餓鬼を救い
また自分も救われたとされています。

 では「餓鬼」とはどのような存在でしょうか?それは冥界に旅立った「心の満たされない鬼」です。
「鬼」とは「魂」を意味します。しかし「一切の餓鬼」とあるように「満たされない魂たち」は限りなくある
のです。
 この世に存在する生きとし生けるもの…私たちが何気なく口にしている米・野菜・肉・魚の命をいた
だき、また山川草木それぞれの存在のお陰を受けて生活していますが、振り返れば大自然の存在
には、それぞれの命が宿っています。私たちが当たり前のように思って使っている「いのち」に感謝
する心、また大自然の他の存在、自分ではない「いのち」を思いやり大切にする心こそ「施餓鬼の心」
に通じるものではないでしょうか!!!
 つまり「餓鬼」に施す「施餓鬼」とは私たちの思いやりのない心、自己中心的ないやしい餓鬼道の
心を振り返り、他の困っている人々を助け、布施をすることによって自分たちも清められ、救われる
との大切な意味合いが含まれています。

 ですから皆様「施餓鬼法要」の一日はご先祖様への供養はさるものの、一切の目に見えない無数
の精霊の存在に感謝をし、心ばかりのお供えをして有縁無縁の仏様にお慶び頂けるよう、御祈りを
捧げましょうね。自分たちの先祖じゃないから自分は知らないなどとは言わないでくださいね。
回向(えこう)」とは祈る心が自分にも戻ってくると言うことですから、期待してはいけませんが、きっときっと
皆様に目に見えない「お陰」が巡って来る事でしょう!!!

 「施餓鬼法要」にちなんで私からの思いをお届けいたしました、酷暑の候、皆様充分ご自愛ください
ませ。
 もうすぐ「お盆」が巡ってきます、8月はご先祖様がおうちに帰ってこられます。皆様久しぶりにご先
祖様にお出会いされて、心を込めて御接待下さい。

  

合掌

平成27年7月16日

■「平成27年のお盆によせて」――平成27年8月

 梅雨明けと共に連日の猛暑が日本列島を覆い、日本各地で年齢を問わず熱中症被害に遭う人々
がでております。ちなみに昨日の岐阜県多治見市は39.9℃、群馬県館林市は39.4℃、愛知県豊田
市で38.6℃、京都市で38.5℃を観測したそうですが、ここ播磨地方もおそらく35℃くらいには気温が
上がっていたのでしょうね。朝夕の犬の散歩でも肌がジリジリと焼けつくような日差しで、このような
中、お坊様は棚経参りに出かけて下さるのだなあ…と、申し訳なく感じました。
 それにしてもこの暑さは今月半ばまで続くそうで、皆様充分に暑さ対策をして、この暑さを乗り切っ
てくださいね。

 さて今年もお盆の季節…圓満寺では8月1日〜棚経参りが始まっております。
7月8月と圓満寺は盂蘭盆に関する行事が続いておりますが、7月の盂蘭盆大施餓鬼法要は、皆様
がお寺にお参りして、ご先祖様と、有縁無縁の精霊に供養する行事、棚経は、お盆に帰って来られ
る精霊を迎えて、自宅で供養する行事です。7月8月はお盆のご先祖様の供養をする季節です。そ
の間には、必ずお坊様を招き、ご先祖様の御霊がますます安らかであられますよう、ご回向を申し
上げましょう。

 新仏様は8月7日の夕、ほかのご先祖様の靈は13日の夕にお灯りをたよりに帰ってこられます。
以前からの風習によりますと、お盆には縁側とかにお棚を設けご先祖様をお迎えしました。お棚に
は真菰(まこも)あるいは白布を敷き、ご先祖様がお棚に登りやすいように「オガラ」で作った梯子を
かけたりします。私達はご先祖様のお乗り物として、オガラと胡瓜で「馬」を、「オガラ」と茄子で「牛」
を作り、お棚に準備しておきます。
 当日はお棚にご先祖様の御位牌をお祀りして、お花・ロウソク・お線香の準備も勿論ですが、蓮の
葉(手に入れば)を敷き、季節の果物や新もの野菜、御素麺、お水等その他をお祀りいたします。ま
たお精進の御膳や、できたらお団子もお供えくださいね。お供え物はその土地の風習によって違い
ますので、ご近所の助言を頂くのも良いかもしれませんね。
 夕刻にはご先祖さまの足元を照らす迎え火を焚き、ご先祖様は胡瓜馬に乗り急ぎ足で自宅に帰っ
て来られます、皆様はご先祖様をお棚に迎えて、「迎え火」でろうそくに灯りをともし、香を薫じておう
ちにご先祖様を迎えることが出来たのを、共に喜びあいます。ご先祖様にお精進の御膳や季節の果
物お野菜をささげ、ありし日のお姿を思い出しながら、語りかけるのもよろしいでしょう。

 楽しい数日を過ごして15日にはお浄土にお帰りになるご先祖様を見送らなければなりません。茄
子牛に思い出話とお土産を一杯乗せて、来年も無事に帰ってきていただくよう祈りながら、万灯の火
でお見送りいたしましょう。

 ちなみに16日の京都五山の大文字送り火は大変有名なお盆の行事の一つです。お盆をはじめと
する仏教の伝統行事は日本文化を守る担い手として、広く大切に伝えていかなければなりません。

お盆を迎える思いを皆様にお伝えしたく、今月の「よもやま話」といたしました。



  

合掌

平成27年8月6日

■「曼珠沙華に聞く彼岸のこころ」(高野山教報より抜粋-)――平成27年9月

 暑さもようやく和らぎ、一雨ごとに秋の気配を深く感じるようになってまいりました。
9月は秋彼岸の季節であります。秋彼岸は秋分の日(秋彼岸の中日)23日の前後7日間とされてい
ますが、世間では20〜23日までの連休がシルバーウィークと称されてレジャーに沸き立っています。
 もちろん休日を日頃のストレスの発散に利用することも大切ですが、ご家族とのゆとりの時間とし
て、お寺詣りやお墓詣りをして、ご先祖様への思いやご自分を振り返るひとときとされるのも、一つの
選択ではないでしょうか。

 春分と秋分は太陽が真東から昇って真西に沈み、昼と夜の長さがほぼ同じになる日ですが、お彼
岸にお墓参りに行く風習は、この太陽に関係しています。仏教では、生死の海を渡って到達する悟
りの世界を「彼岸(ひがん)」(日願(ひがん))と言い、その反対側の私達がいる迷いや煩悩に満ちた世界を「()(がん)」と言
います。
 そして、彼岸は西に、此岸は東にあるとされており、太陽が真東から昇って真西に沈む秋分と春分
は、彼岸と此岸が最も通じやすくなると考え、先祖供養をするようになりました。

 さて、この彼岸(日願)という行事、最近の日本人は日本で生まれた仏教伝統行事であることを、知
らない方が多いのではないでしょうか。
 彼岸は今から1400年前、仏教に篤く帰依されていた聖徳太子によってつくられた行事と言われ、太
子さまは仏教の基本である「和」の精神を日本人の心に植え付けるため四季(春夏秋冬)と言う日本
独特の風土の中から、春の彼岸、秋の彼岸をおつくりになったと言われています。
 春の彼岸は厳しかった冬からようやく春の陽光が感じられる3月21日を中心に前後1週間、動植物
のいのちの躍動を感じ自然の営みに感謝をし、自らの生命の繋がりである先祖の菩提を祈る。
 また、秋の彼岸は暑かった夏が漸く過ぎ、しのぎやすい涼風が吹く9月23日を中心に前後1週間、
植物が実りの秋を迎えるこの時期に、大地の豊穣に感謝を捧げ、今は亡き先祖へ菩提の心を捧げ
ると言うこの営みが、今日の日本人の心の拠りどころを作ってきたと言えましょう。
 弘法大師様のお言葉に「(はちす)を感じて自浄(じじょう)を知り、(このみ)を見て(しん)(とく)を覚る」(『般若(はんにゃ)心経(しんぎょう)秘鍵(ひけん)』)とあり
ますが、花の生命にも、自身の中に仏のいのちと仏の心を内蔵していると言う事であるように、人間
もまた自浄作用を持ち、仏のみちを目指そうとすることが何より大切でありましょう。

お彼岸は仏心回復の「心の仏道週間」です。自然の営みに感謝をしつつ、先祖の菩提を祈りながら
自己を見つめたいものです。
 ちなみに圓満寺では秋彼岸の入り(9/20)〜彼岸の中日(9/23)の4日間秋彼岸先祖供養法要
を相務めます。どうぞ皆様お揃いでお参りくださいませ。


  

合掌

平成27年9月7日

■「白鳳」の仏との出会い――平成27年10月

 秋彼岸に入る前の一日を、奈良国立博物館で開催されていた「白鳳」展を訪ねてきました。
博物館開館120周年記念展とか、ウィークデイでしたが、館内は人ごみが出来て、皆さんゆっくり見
たい人が多く、とてもにぎわっておりました。私は遠方の事とて時間制限もあり、慌ただしく動き回り、
目いっぱいみてまわりました。

 「白鳳」の仏…白鳳時代とは一説に拠れば、大化の改新(645)から平城京遷都(710)までの一時
期を意味するとか、孝徳天皇の御世に(はく)()(白い雉)が朝廷に献上されたのによって、白鳳の元号
に改められたとか、いろいろな説があるようですが、とにかく主に天智・天武・持統天皇の治世に栄
えた仏教文化を「白鳳文化」と称するのではないかと思われます。
 ところがその時代は中大兄皇子(なかのおおえのおうじ)天智(てんち)(てい)中臣(なかとみ)藤原(ふじわら)鎌足(かまたり)(など)による乙巳(いっし)(へん)(蘇我氏の滅亡)や、
(はく)村江(そんこう)の戦い(百済の滅亡=朝鮮出兵→大敗)、壬申(じんしん)(らん)大友皇子(おおとものみこ)大海人(おおあま)皇子の争い)など激
動の連続でありました。
 壬申の乱の勝利により、天智帝の後を襲った天武帝と夫人であった持統帝は、全国の有力の在
家信者が礼拝する念持仏の造立を詔を発し奨励したようであります。その為か展示されている仏像
は背丈が低く、表情は大らかで若々しく、どちらかと言えば、稚拙な可愛らしい姿の金銅仏が多かっ
たように思います。その中でとりわけ目を引いたのは、橘三千代夫人の念持仏『阿弥陀三尊像』と何
とも美しいお厨子でした。

 播磨からは鶴林寺の観世音菩薩さま、法華山一乗寺からも二体の観世音菩薩さまが出陳されて
いて、とても懐かしく嬉しい限りです。

  
(鶴林寺観音像) (一乗寺観音像)

 薬師寺からは本尊薬師三尊のうちの月光(がっこう)菩薩像(ぼさつぞう)が出陳されていて、またの名を月光(がっこう)遍照(へんじょう)菩薩(ぼさつ)
もよばれていて、月の光のような優しい慈しみで衆生の煩悩を消すという功徳をお持ちだと言われて
いますが、黒光りのする巨大な金銅仏で、まことにまことに美しく抜群の存在感でした。
 その当日薬師寺の管長猊下が菩薩様の前で勤行されたときに参列できたのも、とても幸せに感じ
ました。その他に山田寺の仏頭の若々しさ、薬師寺水煙の美しさにもとても心惹かれる思いがしまし
た。

(月光菩薩像) (薬師寺東塔水煙)

 皆様にお伝えするのに言葉足りなくて残念ですが、天平仏以降にない大らかさや若々しさを持っ
た白鳳の御仏にお出会いしたのは、私にとって、とても心広々と安らげるひとときであったと喜んで
おります。

 10月の圓満寺は行事がおやすみで、その代り御詠歌の行事で高野山にお参りする機会であった
り、高野山真言宗関係の寺族の研修会があったり、やはり忙しい1ケ月を過ごすことになりそうです。
来月11月22日には今年最後の行事「十夜法要」を執り行いますので、またご案内を申し上げます。
 日々秋深くなり肌寒く感じられますが、読者の皆様どうぞご自愛くださいね。

合掌

平成27年10月13日

■「秋深まりゆく日々……お十夜の季節」――平成27年11月

 今年の秋は、暑かった夏の後に急激に訪れて日中は暑さが爽やかに、朝夕は冷え冷えとした日々
が多かったように思いますが、皆様はどのように感じておられましたか?

 十月にはノーベル医学賞に大村智氏、物理学賞を梶田隆章氏が受賞され、日本国中が喜びに包
まれました。その間には安保法案が可決したり、沖縄では辺野古基地への移転問題、世界記憶遺
産への「南京大虐殺」の登録など喜ばしいこと、悩ましいこと色々な問題が起こった一か月でした。
 先だっては、中国が既成事実のように埋め立てた南沙諸島の海域を、アメリカ海軍の軍艦が通り
抜けたとか、危機感が感じられる中、日中韓三国の首脳会談が開かれ、諸問題が話し合われた模
様です。又ASEAN拡大会議が開かれたが、大国の思惑で会議の成果が上がらなかったとか、政治
外交の世界は武器を使用しない戦争と言う事が、納得される今日この頃です。

 日本は平和な民主主義国家で、表面上は豊かで住みやすい国ですが、沖縄の皆様の御苦労や
悩みを思う時、また大震災で原発事故の被災者の苦しみを思う時、私も含めて困難なことですが、
悩みを共有して他人事ではない問題と、自覚しなければなりません。
 でも、一体日本人のポリシーは「何」なのでしょうか?「何処」にあるのでしょうか?
日本の過去の時代には聖徳太子の説かれた「和」の心が根付いていたと思うのですが、自分として
は一人の人間として、驕らず恐れず生きていきたいものです。
 「宮崎あおい」さんがNHK「あさイチ」で紹介した「やなせたかし」さんの詩を掲載します。

 【――えらくなっちゃいけない――  やなせたかし】
星のいのちにくらべれば ぼくたちみんなちっぽけな ほんのはかない生きものさ
お金持ちでもえらくない えらい人でもえらくない みんな誰でもえらくない
偉くなっちゃいけない みっともない
ひとときだけのこの命 きずつきやすい心なら ふゆかいなことしたくない
ひげはやしてもえらくない いばっている人えらくない みんな誰でもえらくない
偉くなっちゃいけない みっともない
小さな小さなゾウリムシ 目にも見えないプランクトン それらもみんな仲間たち
名もない人のその中で 名もない人でくらしたい みんな誰でもえらくない
えらくなっちゃいけない みっともない

 さて、十一月に入り数日が経過しましたが、空はあくまでも抜けるように青く、朝夕の冷え込みで木
々は鮮やかな紅葉で彩られております。
 十一月の圓満寺は11月22日の午後に「お十夜先祖供養水施餓鬼法要」を相勤めます。「十夜法
要」はその昔「弘法大師」空海さまが師の「恵果阿闍梨」様に報恩謝徳の誠をささげる為にはじめら
れた法要で、正式には「五日三座の法要」といいますが、真言宗としてはご先祖様に感謝の心を捧
げ、あわせて五穀豊穣の願いを込めて実った収穫物をご先祖様と、ご本尊さまにお供えしてお慶び
戴く行事です。
 巷では「ハローウィン」の催しが人気を集めていますが、キリスト教の宗教行事と収穫祭が合わさっ
たものではないでしょうか?洋の東西を問わず、人間にとって五穀豊穣はありがたいものです。
 ご先祖供養の行事と共に本山の巡回布教使さまの「生かせいのち」と題する法話が午後1時から
ありますので、どうぞお早めに圓満寺までお参りくださいね。

 十月末に奈良に出向き「正倉院展」をみてまいりました。奈良の風景と共にご覧ください。



     

     



合掌

平成27年11月9日

■「平成27年を振り返って」――平成27年12月

 12月に入ってから播磨は寒さに身を竦ませる様な一日がありましたが、朝夕の冷え込みは別に
して、暖冬傾向と言えるような過ごしやすい日々を過ごしています。
ところが私は11月中旬に背筋が寒いと自覚したと同時に風邪をひきこんでしまい、ほぼ治ったと思
うとすぐにぶり返してしまって、なんとなく気が重い、体も重い数日を過ごしています。とは言いなが
ら、先月に「十夜法要」を済ませてから、地元土山の「荒神祓い」を数日、あとは御詠歌や役員会と
かで、出たり入ったりの毎日で、やはり忙しさは、体に禁物だなあと反省しております。

 12月に入ってからは住職24世の亀田龍昇師が皆さまのご推薦のお陰で権大僧正に補すとのお
許しを高野山管長猊下から頂戴することが出来ました。本人の圓満寺への貢献もさるものの、周囲
の皆様の温かいまなざしやご支援があってこそと、深く感謝しております。

  

 また12月6日には故人である長男亀田龍雄の17回忌をつとめ、御導きを戴いた僧正様方や、仲
よくして戴いた、加古川東高校や京都大学の友人他の皆様と思いで話の花を咲かせました。住職と
私、元気に故人の25回忌を務められたらよいがと思いながら、内心不安を感じざるを得ません。

 年頭には父である24世住職大僧正隆基和尚の17年忌を1月にとりおこないました。思い出して
みれば、父母を見送るときと、息子を見送るのがこれほど思いの差があろうとはと、今更ながら感じ
られてなりません。
 父母は明治の生まれで二人とも勤勉な人達でしたが、母は洵に身を粉にするほど働き、他人に厳
しく自分にも厳しい人でした。周囲に一目置かれ、またお風呂が大好きで「自分が入ると言えば、体
が辛そうでも、とめないでくれ」との口癖で、最後はお風呂で亡くなった生涯でした。
 父は、心中は別として周囲と融和しやすい人柄で、夫である龍昇師が入山してからは自分が前に
立たず、陰から住職を支えて下さったように思います。最晩年の入院中には「お世話になります」
と合掌して、人様に心地よく、自分にも心地よくして頂き、自分の親ながら「賢い人やなあ」と思いま
した。
 父母の「生ききった」との思いとは別に、息子龍雄を見送った時は、「何と無念やったろうなあ!!」
との思いで私は1年間悔しくて涙も出ないような毎日でした。住職は葬儀やそれに伴う行事に没頭
して、あとは何も手がつかず、今振り返ると二人とも情緒不安定の日々をすごしたとおもいます。
 今は二男龍昂師が妻を迎え、副住職夫婦が共に私たちを助けて、圓満寺を支えてくれています
が、昨年来脳腫瘍(良性)を患い、療養中に数度肺炎になって入院が長引いています。先月にやっ
と新しいリハビリテーション病院に転院しリハビリに励んでいますが、何とか以前の体調に戻して、
一日も早い復帰をねがっています。

 さて先月末ですが、いなみ野学園公開講座で。藤原正彦氏の講演を聞く機会がありました。同氏
は新田次郎・藤原てい氏の御子息であり、本来は数学者だそうですが、エッセイストとしても知られ、
中でも著書「国家の品格」はベストセラーとして有名です。
 私も手に入れて読みかけたのですが、もう一つ、没頭して読むことが出来ず思わずななめよみで
終わってしまいました。ところがご本人の講演はよかったですね。どちらかといえば右寄り思想です
が、そんなに嫌味でもなく、年配の私たちの心にすんなりと受け入れられる、いわば共鳴できる自己
主張であったようにおもいます。
 昭和20年の敗戦後アメリカの民主主義・新自由主義の浸透で日本人の本来持っていた良さ(美的
感受性)が失われてしまった。金銭優位の経済政策・規制緩和・自由競争…勝者の驕る心に日本人
の感性がゆがめられた。ではどうすればよいのか?講演会では明確な結論は私が聞き逃したのか、
あまり出てなかったようにおもいます。

氏の言葉で私の心に残った言葉は「惻隠(そくいん)(じょう)」。この言葉をご紹介したいと思います。
「惻隠の心は(じん)(しるし)なり」
他人のことをいたましく思って同情する心は、やがては最高の徳である「(じん)」に通ずるものです。人
間の心の中には、もともと人に同情するような気持ちが自然に備わっている者ですから、自然に従
う事によってとくに近づくことができるのです。…後略
 私達も残すところ僅かな人生ですが、日本の善き心を後世に残せるような日々をすごしてゆきた
いものですね。

平成27年も残すところ僅かとなりました。来年度の行事のお知らせを申しあげます。
平成27年 12月31日 23:45〜 除夜の鐘
平成28年 1月元旦 0:00〜 年頭修正会法要
2日 10:00〜 修正会法要
3日 10:00〜 修正会法要
24日 13:00〜 初不動・柴灯護摩祈祷法要

 どうぞみなさまお揃いでおまいりください。

合掌

平成27年12月9日